2015年05月18日

至福の人には夢も希望もありません

希望というのは楽しみではありません。希望というのは、気休めをしようとする心のトリックです。

今日は過ぎてしまったけれど、明日は何もかもうまくいくと、なんとか自分自身を納得させようとする心のトリックに過ぎません。

今日は不幸だ。が、明日は不幸ではないぞ!

人は夢みる。望みをかける。投影する。

本当の「楽しみの人」というのは「いまここ」にいるものです。彼は決して翌日のことなど考えません。翌日のことなど考える必要がないのです。

もし本当にハッピーだったら、あなたは決して過去のことなど考えない。決して未来のことなど考えない。あなたの全エネルギーがいまここを動くだけです。

至福の、幸せの、お祝いの永遠のダンスとなります。

いまここに、幸せでいること。「いまここ」で満たされているときは夢や希望は存在しません。

もしあなたに夢や希望がある時は、あなたは何か不足を感じているのです。

2015年05月17日

「思い込み」をはずす

多くの人々の思い込みの中に、「奇跡はたまにしか起こらない」「幸せであり続けることはむずかしい」という類のものがあります。また、「良いことがあれば、悪いことがある」と信じている人も多いようです。

優劣・失敗・嫌な人・嫌いなモノがあると思い込んでいます。
「このままではまずい」「〜しなくてはならない」「成果を残さなくてはいけない」「使命があるはず」と思い込んでいます。

しかし、これは単なる思い込みです。社会意識も、社会常識も思い込みです。

「思い込み」だと気づかないと苦しみます。「思い込み」を外しましょう。

「うまくいってない」と思ったら、見方を変えてみましょう。

2015年05月16日

死に持ち去られるものを追いかけてはいけない

多くの苦しみを作り出すもの・・・もう少し大きな家、もう少し多めの預金残高、もう少しの名声、もう少しの評判、より以上の権力・・・。

もしあなたが、死に持ち去られてしまうものを追いかけているなら、あなたの生は決してどんな意味にも達していません。「私は生きた」とは言えず、木は開花しなかった。木には実がならなかった、ようなものでしょう。

数多くの人たちが種として生まれ、種として死んでいきます。

では、何をしなければならないのでしょうか?

より高次のものを考えること。死を越えたもの、破壊されることのないもの、不滅のもの、時を超越したものを・・・・そうすると悲しみ苦しみは起こらないでしょう。

もしあなたが究極(真理)を探究するなら、あなたの生のそれぞれの瞬間はますます平和に、穏かに、静かに、冷静に、芳香を放つようになるでしょう。

もしあなたが死によって持ち去られることのない真理を探究するなら、まさにその探究があなたの存在に新しい質をもたらすでしょう。

本当の喜びは、決して外側からはやって来ないで内側からやって来ます。

死は、ただ外側から来たものだけを持ち去ることができます。内側は永遠です。

真実はあなたが内側を見るのを、内側に向くのを、内側に同調するのを待っています。

死に持ち去られるものを追いかけないで悲しみや苦しみを消し去る真理を探究しましょう。

イエスは言いました、「真理は解放する」 と。その真理とは、聖書から集めた真理ではなく、あなた独自の体験を通して出会った真理のことです。

2015年05月15日

幸せを遠くに望まない・・・いまここで見い出す

人は幸せを望んでいます。そのために彼(彼女)は惨めな状態を作り出します。もし、惨めさから抜け出したいならば、あなたは幸せに対する欲望から抜け出す必要があります。

幸せに対する欲望そのものが惨めさの原因です。

幸せへの欲望はあなたがこの瞬間、幸せでないということを示しています。幸せへの欲望は、あなたは惨めな人であるということを示しています。惨めな人はいつか、いつの日か、何らかの方法で自分は幸せになるだろうという未来に身を置き、期待しています。あなたの期待は惨めさからきています。

あなたは今日、不幸せです。あなたは明日は幸せになると期待しますが、明日はあなたの投影であり、何であれ今日のあなたの投影です。

あなたは不幸ですーー明日はこの不幸から生じ、そしてあなたはもっと不幸になるでしょう。もちろん、より大きな不幸のせいであなたはまた、未来の幸せを欲するようになります。するとあなたは悪循環にとらえられます。あなたはより不幸になればなるほど、もっと幸せを欲するようになります。幸せを欲すれば欲するほど、あなたはより不幸になってしまいます。

幸せはあなたがいるところにあります。あなたがどこにいようと、幸せはそこにあります。
幸せは探し求めるものではありません。幸せを望むことは、どこか他のところを見るようにあなたを仕向けます。するとあなたは取り逃がし続けます。

幸せは創造されるべきものではありません。幸せはただ見つけることができるものです。それはすでにそこにあります。この一瞬に、あなたは幸せに、素晴らしく幸せになることができるのです。

あらゆることが幸せの種になります。今ここでたくさんの幸せを見い出しましょう。私たちは幸せに取り囲まれていることに気がつきます。

生きていること、自分で呼吸ができていること、目が見えていること、耳が聞こえていること、歩けること、指が動かせること、今晩食べるものがあること、などなど・・・・。

当たり前だと思っていたことが幸せだと気づくことがポイントです。

2015年05月14日

幸せに原因も時間もいらない

もしあなたが幸せでいたかったら、幸せでいてください。

待つことはありません。手はずを整えることはありません。手はずを整える必要など何もないのです。

あなたは今のままのあなたでちゃんと幸せでいる力があります。何ひとつ欠けてはいません。

幸せに原因はいらないのです。

原因はあなたの不幸(不幸という考え)によって作られるものです。

不幸は言う、「今日、私は不幸だ、どうして今のいま幸せでなんかいられる?まず、用意がされないといけない。もちろん、そうすれば時間がかかる。だから明日、何もかも準備ができたら、私は幸せになろう。私はきれいな奥さんを見つけなくてはならない。私は素敵な旦那さんを見つけなくてはならない。いい家やいい車、あれこれ見つけなくてはならないものがいっぱいある。それは明日になってはじめて可能だ。いま現在、どうしてそんなことが可能なものか?時間がかかるだろう」

これが不幸な「心」のトリックです。

不幸な心は時間が必要だと言います。不幸な心は時間の中で生きる。時間に寄りかかっています。

幸せは時間とは何の関係もありません。たった今、「ただいまここ」で幸せになれます。

どうかそのポイントをみようとしてごらんなさい。それはそれを「見るかどうか」という問題だけなのです。