2014年09月15日

どの年齢の時も今が素晴らしいと思えばいい

六十になっても、八十になっても、その歳の人らしい人間のおもしろさが出ていれば、その人はただ古びていっているだけ、とはならずなかなか味のある人間であり続けられます。

人は中年になり老年になっていくものですが、どの年代でもいつも今ある年齢が素晴らしいと思っていられれば生涯をとおして穏かに幸せでいられるものです。

要するに、今を受け入れて満足するということです。

2014年09月14日

あげるときには、「ただ」であげることが大切です

「自分が相手に与えたことは忘れずにいて、相手が自分に与えてくれたことは忘れる」というところから、人生の不幸が始まります。

「私は、これだけしてやったのに、相手は何もしてくれない」という思いが不幸の出発点なのです。

この「してやった」という気持ちのなかには、一種の人格的未熟さがあることに気づかなければなりません。あげるときには、「ただ」であげること、見返りを期待しないことが大切です。

特に心の問題はそうです。優しさや気遣いなど、人への愛は与えきりであり、一方通行だと思っていましょう。もし愛やお礼が返ってきたら、「得をした」と思えばいいのです。

世の中には恩知らずの数は尽きません。その恩知らずの中には、ほかならぬ自分自身も入っていることを忘れてはなりません。

「他人に何かをしてあげるときには、与えきりにして、それを忘れる。逆に、してもらったことは長く覚えておき、感謝していく」ということが大切です。

2014年09月13日

どんな人生にも必ず意味があります

経済的に困窮している人、挫折して再起できずにいる人、難病あるいは不治の病に臥している人、極度の鬱状態で自殺を念慮している人、心身のいずれか、または両方に重い障害を負っている人、身体の不断の痛みに呻吟している人、心の痛みや苦しみや悲しみに懊悩している人、人間関係や家族の中で疎外され孤独感に陥ってる人、その他さまざまな不条理、不運、逆境によって生きがいを喪失している人は、少なくないでしょう。

しかし、どんな人生にも必ず意味があります。
たとえ避けられず逃げられない事態に直面しても、その事態に対する態度のとり方によって、人生を意味に満ち、価値に輝くものとすることができるのです。

2014年09月12日

人生は思いのまま

ある状況、ある出来事、人生で遭遇するあらゆることに対して、あなたは、「意味」を求める必要はありません。

あなたが、「意味」を与えるのです。

あなたは創造主と共同で創造しているのですから、あなたの仕事は「意味」を与えることです。

意味を引き出すことではありません。

すべての創造物は中立なのです。もともとの意味などないのです。

意味を与えるのは、あなたのクリエイターとしての自由意志を使う練習でもあります。

もちろん意味はあなたの経験から引き出されるでしょう。

すべての出来事に善い意味を与え、生涯素晴らしい人生にすることができます。

人生は思いのままです。

否定的な意味を与えれば、否定的な結果が現われるでしょう。

肯定的な意味を与えれば、肯定的な結果が現われます。

すべてはあなたの心から出てくるものです。

2014年09月11日

あるものを活用する暮らし上手に

自分が持っているモノを大切にする人は、他人が持っているモノのことで心を乱したり、悩ませたりはしません。人生、思いどおりにいかないのが世の習い。

そんな場合には、自分が思いどおりにできること、たとえば、話すこと、黙ること、外出すること、在宅すること、食べること、寝ること等々、日常の卑近なことについて、もしこれができなかったら、と想像すると、できてありがたいと気持ちが明るくなります。

何かが失われたからといって、失われたものを残念がるばかりで、失われずに済んだものを喜ばないというのは、賢い人のすることではありません。現に今、手もとにあるものを最大限に気持ちよく活用する人こそが、暮らし上手というものです。

また、記憶にも快の色のものと不快の色のものがない交ぜになっていますが、不快のほうは、なるべく蔭に押し込んでおくのがいいのです。
さらに、将来のほうにばかり熱心に目を向け、何か良いものが今、目の前にあっても見過ごしてしまう人が多いものです。

これとは反対に賢い人は、過去にはあったが現在は既にないものまで、記憶をたぐり寄せて、彷彿(ほうふつ)とよみがえらせて懐かしみ、楽しみます。