2017年02月16日

簡素に生きる

私たちはよく、「何と何さえあれば幸福になれるのだが」などと言います。しかし、いくら多くの欲望が満たされても、それで幸福になれるかと言えば、決してなれません。

物は、持てば持つほど、さらに新しい欲が湧いてきます。

簡素に生きることを学びましょう。

ないものに焦点を当てるのではなく、今、あるもの、所有しているものに感謝しましょう。

自然の恵み、水道施設、電気施設、家、温かい布団、毎日いただける食事、健康な身体など多くの今ある恩恵に感謝しましょう。

2017年02月15日

自分が輝ける道を見つける・・・人生に失敗はない!

私たちは、何かの天才かもしれません。まだ自分で気づいていなかったり、世の中であまり必要とされていない分野なだけです。

世の中、選択肢は無限にあります。何かやって、うまくいかなかったら、興味の向くままに他の道に移ればいいだけです。自分に合った道を選べばいいだけです。敗北感を持つことなんてありません。

人生に失敗などありません。起きている現象はすべてプロセスであり、結果ではありません。もし失敗があるとしたら、それは、自分を「失敗者だ」と思ってしまったそのことです。

失敗は、外側の世界ではなく、内側の世界で起こることなのです。
そして内側の世界は、誰の助けを借りることなく、時間が過ぎるのを待つことなく、瞬時に変えられます。

もし今、あなたが自分をそんな否定的イメージで見ているとしたら、今すぐに変えてしまいましょう。自己イメージを創り上げているのは、ほかならぬ自分自身だと気づくことがその第一歩です。

実のところ、輝ける道を見つけなくてもそれでいいのです。

人は存在しているだけで誰かの何かの役に立っているもので、それだけでとても価値があるのです。

何か実績を積んだり、働きかけたりすることも必要ありません。

2017年02月14日

「思い込み」から離れる・・・すでに十分

人はみんな「幸せになりたい」と思って生きています。ところが、そのためにやっていることの多くが、実は間違った「思い込み」に根ざしています。

「どうすれば幸せになれるか」という手段も、実はそれ以前に、「幸せになりたい」という思いそのものも「思い込み」なのです。

何故なら、私たちはありのままの自分で、もう既に幸せなのですから。

自分を取り巻く状況がどうであれ、いまの自分をどう感じていようと、私たちの真我は「幸せ」という質でできています。そのことを発見することが、本当の幸せへの道です。

ところが私たちは、「自分はこのままでは十分ではない」
「もっと素晴らしい自分にならなければ、幸せになれない」と信じています。「自分には何かが足りない」 「何かが欠けている」と思っているのです。

そして幸せになるために、あれやこれやと探し始めます。これこそが、「思い込み」の最たるものです。

「汝自身を知れ」というのは古代ギリシャの格言ですが、まさに、「自分自身が何者なのか」を見抜くことが、魂の旅のゴールです。

そのゴールは「いつかどこか」にではなく、「今、ここ」にあります。
すでに私たちはゴールにたどり着いているのです。

悟りとは、そして幸せとは、「すでに自分がゴールにいること」を再確認することに過ぎません。

2017年02月13日

いい加減

流されることを愛しましょう。

そして流されながら、しかし最後まで、小さな希望だけは明確にしているという生き方をしてみましょう。

「いい加減」という言葉は実にいい言葉です。

塩味、お風呂の温度、花の咲き具合、それぞれにいい加減というものがあります。

同じ個人でも、日によって状態によって好みも変わります。

一杯目の茶はぬるく次は熱かったことを褒めた人もいますし、今日は少し辛い味で食べたい日もあれば、寒風の中を帰ってきた時には熱めのお風呂に入りたいものです。

とにかくのんきに、いい加減にやりましょう。

2017年02月12日

この道に悔いなし・・・すべては最善だった

何十年かこの道をひたすら歩いてきました。自分の選んだ道だから、一つも悔いはない・・としましょう。

いきがかり上、そうせざるを得なかった人もいるでしょうが、自分から選んで積極的にそうしたという人もいます。どちらでも構いません。

この道を歩む以上は、これが最善だったと思うことが心を穏かにしてくれます。

人生はUターンができません。「ああすればよかった、こうすればよかった」と思いわずらったところで、過ぎ去った日々は帰ってきません。

人生はそのつどリハーサルのない本番のドラマを演じているものなのです。

悔いなき瞬間を送りましょう。そうでなければ「時」に申し訳ありません。