2017年05月17日

諦める人を人も神様も助けません

一生懸命に努力している姿は人の心を打ちます。なんとか手伝ってやろうという気を起こさせます。それを見ていて、その人の素質を見抜き、アドバイスする人が出てくるのです。どこで、どのような人が現われ、どのような道を提示してくれるかわかりません。

しかし、あきらめる人を人は助けないのです。

成功している人は皆、人知れぬ努力をしています。その精進が彼らの今日を築いているのです。

近い将来の運命は決まっています。自分が知らないだけです。それは因果の法則で決まっているのですが、人間の念は恐ろしいもので、それを変えて別の道に向かわせることも可能です。

つまり、自分のすぐ近くに、想像もしなかった、新しい道が現われる可能性があるのです。

それを知らずに、今やっていることをやめてしまえば、あたら機会を逃すことになります。精進を最後の段階でやめてはなりません。続けることで、新たな展開に出くわすのです。

2017年05月16日

やる決意・・・やると決め実行に移すこと

「できるか」「できないか」ではなく「やるか」「やらないか」の決意しだいで活路は開かれます。

「やるなら決めよ、決めたら迷うな」 です。

決めないから出来ないのです。決めれば必ず能力が生まれてきます。
「出来ないのではない、しようとしない」のです。

せっかく決めながら迷いを繰り返し、前に進めないことがあります。
こんな愚かな、無駄なことはありません。
人に甘え、手伝ってくれる人があると思うからです。自分のことは自分で成し遂げる一念がなければ、人生は何も見えてこないのです。

「出来ないことと、しないことを混同しない」厳しさを持ちつづけたいものです。

2017年05月15日

慈しみの心

すべては心から出ています。心があって、考え、話し、行動しています。すべては心のあらわれですから、心が汚れていればすべては汚れたものになります。心がささくれだって荒れていれば、争いが起きます。心が苦しめば、どこにいても苦しい世界です。天国に行けたとしても苦しいでしょう。

逆に、心が安らかであれば、どこにいても安らかな世界になります。優しい慈しみの心があれば、すべては清らかになります。人間関係も円滑に進みます。平和な心があれば、平和な世界で暮らすことができます。

すべての発生源である心を清らかにすれば、自然に生きていけるようになります。誰と会話をしていても、その言葉は相手に対する憎しみや嫉妬、怒りの言葉にはなりません。相手を傷つける言葉ではなく、自然と他の生命に対して優しい言葉になっています。

まず優しい心を育てましょう。そうすれば、私たちの行動は優しい行動に変ります。慈しみの心さえあれば、生き方そのものが、そのまま正しい生き方になってしまうのです。

お釈迦さまは、「瞬時でも慈しみの心を育てなさい。それだけでも立派なことである」と説かれました。慈悲の心は何もせずに放っておいて生まれてくるものではありません。努力して育てていくものです。

2017年05月14日

いつもいかなる時にも、心の平穏を保つ

ものごとの重要性は、自分がそれを重要であると信じるかどうかで決まります。

悩みもまたしかり、何事も深刻ではなく、たいして重要でないと思えば、ほんとうに深刻なことも、重要なこともなくなるということです。

自分の心の弱さ、捉え方に応じて、問題も大きく、抗し難いものになってきます。

心が強ければ、また捉え方を変えれば問題もとるに足らないことに思えてきます。

何でも、自分の思い通りにしようと思わないことも大切です。

それが問題である、と勝手に捉えないことも大事です。

こうしたことが、いつまでも心を平穏に保つための秘訣なのです。

2017年05月13日

長生きしたいならイライラしない

長生きしたい人は、心の持ち方が大事であると肝に銘じましょう。

では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか?

それは、いつも平常心でいることです。平常心とは、常に平らかな心でいるということです。

ヒステリーやかんしゃくをおこさないこと、怒りやイライラにとらわれないこと、悩みや心配事を抱え込まないことです。

いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。

執着から解き放たれることです。

すべてのことを、まるで映画を観ているようにあまり真剣にとらえないことです。

全ての事は、必ず、いつでも、なんとかなります。あるべきところに落ち着きます。

外側で起こっていることに振り回されないこと、自分の内側を平静に保ち、それを外側の世界に表す力を私たちは持っているのです。