2015年03月10日

すべては天からの「借り物」と思い感謝する

お金も、恋人も、子どもも、この世には「自分のもの」と言えるものは、何一つありません。あなたの肉体でさえ、天からの借り物で、「自分のもの」とは言えません。

ましてや恋人や伴侶、子供を、自分の所有物のようにあつかってはいけません。彼らには彼らの意思があり、立場があり、考え方があります。

夫だから、妻だからといって相手を束縛することも、自分の思い通りに動かすこともできません。恋人や子供に対しては、自主性を尊重してあげたいものです。

「子供なら、伴侶なら、恋人なら、こうしてくれて当然」などと、相手の意思や時間を奪わないことです。

逆に、自分が相手のためにできることはないかと考え、実行することで良いことが起こりはじめます。

人は、「自分のもの」と信じ込んでいたものを失ったときに、大きなショックを受けます。
「自分のもの」という思い込み、執着こそが、苦悩を生むのです。

所有欲や執着心から解放されれば、穏かな心でいられ、無駄な焼きもちや嫉妬、イライラもなくなります。

2015年03月09日

大きな流れに乗る

人生は一つのリズム、大きい流れに乗って生活してゆくことです。

そのときそのとき、天候気候、自然、人事、心の動きのただそのままに、すべての現象に泰然として乗り、自若として居る。大船に乗った心、大波に乗った相。

春におり、夏に涼み、秋に楽しみ、冬に親しむ。一つとしてそれに抗せず、順応すること。このとき、人間生活のすべて、自然現象のことごとくがすべて、天のままに花咲き、地のままに実るのです。

大きな流れ、大きな動きに逆らわずに受け入れて生きていると楽に生きられます。

過去に思い描いた期待、想像と違っていても慌てず焦らず流れに任せて生きるとあまり苦悩することなく楽に生きることができるものです。

2015年03月08日

あまり禍福にとらわれない・・・必要以上に悲観しない

人生には行き詰まりはありません。常に変化して止まないということです。その変化の中において人間は生きているのです。大切なことは、その変化を拒否するのではなくて、春は春らしく、夏が来れば夏らしく、冬が来れば冬に相応するような生き方をして生きていくというのが人生なのです。

中国古典の「中庸」に「富貴に素しては富貴に行い、貧賤に素しては貧賤に行い、夷狄(いてき)に素しては夷狄に行い、かん難に素してはかん難に行う、君子は入るとして自得せざることなし」とあります。

人生、色々の出来事にぶつかるけれども、そこから無理をして抜け出そうとするのではなく、その時々の天理に従って進んでいく、何が起るかは天に任せていくことです。起こったことは受け入れてじたばたしないことです。

淡々と人生を送って、あまり禍福にとらわれないということが、禍福を超える一つの道でしょう。

2015年03月07日

正しい仕事

周りを幸せにするには、「自己犠牲」が必要である。

そう思っている人もいるかも知れません。しかし、それは違います。周りの人を幸せにして、自分も幸せになる。それが鉄則であり、両立は可能です。

自己犠牲では絶対に長続きしません。野球選手は球を投げ、画家は絵を描き、職人は物をつくる。自分も幸せで、周りにいる人も幸せです。そこには自己犠牲などありません。

自分の仕事を精一杯やって、それが周りを幸せにする。

もし、一生懸命やると他人が不幸になるような仕事だとしたら、それは、正しい仕事ではありません。

2015年03月06日

どんな状況もそれは幸せなこと、それは不幸せなことであると決まってはいない

どんな状況も、すでにその中に本質的に決まっている意味はありません。

私たちが与える意味によって、そこから得られる結果が変わってきます。ですから、現在の自分のしあわせな人生にとって、いかにも矛盾して見えるものでも、肯定的な意味を与えることによって、それが障害に見えなくなります。

障害と見ようとしないで「それは自分のしあわせな部分の延長なのだ。ただいまの自分の目には、どのように肯定的なのかが、まだ見えていないだけなのだ」と思うようにしましょう。

起こっている悲観的に見える現象に悲観的な意味を与えてそれに引きずられないように気をつけることが大切です。

起こっている出来事を肯定的に解釈していると、すべての出来事は肯定的な結果に結びついていきます。