2015年01月30日

笑い飛ばして気楽に生きましょう!

人から言われた辛辣な言葉が、いつまでも心に残ったまま苦しんでいる人がいます。

誰かがあなたに何か言ってきたとしても、それはあなた自身のことではなく、その人が暮らす心の世界の反映に過ぎないのに、言われたほうにしてみれば大問題です。

あなた自身だって自分のことがよくわからないのに、他人があなたを分かるわけがないじゃないですか。

どんな言葉も、それを言った人のものであって、あなたが受け取らなければそれまでです。

批判や皮肉は、言った人が幸せでないことを表しています。

誰でも生きていくのは大変なことなので、そのことを分かってあげましょう。そうやって自在に現象を見られるようになれば、問題は消えていきます。

現象を固定して捉えるから問題になるのです。人は全く違う世界に生きています。もし誰かの世界を覗くことが出来たら、あまりの違いに驚くことでしょう。その世界に登場するあなたは、自分でも思ってもみないようなあなたです。

これが実際に起きていることです。みんな思い込みの世界で一生懸命に生きているのです。だからユーモアの精神と優しさを忘れないで生きていきましょう。

たまには社会から離れて、ことの全体を笑ってみませんか。それくらいでちょうどバランスが取れます。人の世のバカバカしさに気づいたら、あとは笑っちゃうだけです。

人から言われた言葉に悩むには人生は短すぎます。言いたい奴には言わせておけばいいのです。そしてあなたは、わっはっはと笑っていればいいのです。

何も失っていません。気楽に生きましょう。

2015年01月29日

忘却の効能

過去のことを思い煩うことをやめましょう。未来のことを心配するのをやめましょう。

思い煩いと心配は、あなたの神経を病的に刺激し、ついに生理的不調和を引き起こし、また、抵抗力を弱めて病気に到らしめます。

過去は過ぎ去ったのです。思い煩いは愚かなことです。未来はまだ来てないのです。心配するのは愚かなことです。

結局、悩む人は、過去を今に持ち越し、未来を今に取り込み、今の幸福を想像の中で汚してしまっているのです。そんな愚かなことはしてはいけません。

「今」を喜びましょう。「今」を楽しみましょう。

過去を忘れましょう。未来を忘れましょう。

この忘却はあなたの人生を清める働きをするのです。

2015年01月28日

朝のあいさつ

「朝」は一日のスタート。サッカーでいえば、キックオフの瞬間です。
あなたの目の前には、ボールがひとつあります。
強く蹴れば、ボールは勢いよく転がっていきます、逆に蹴る力が弱ければ、うまく転がらなかったり、すぐに止まってしまったりします。

それと同じで、朝、うまくスタートを切ることができれば、その日一日がハッピーになる可能性は格段に高まります。
気分よく、勢いよくスタートを切るコツは、何をおいても「あいさつ」です。

目が覚めてから、まず最初に顔を合わせた人に、
「おはよう!」
「おはようございます!」
と元気にあいさつしてみましょう。

朝のあいさつの効果は絶大です。スムーズに始まった一日が、いい一週間、いい一ヶ月につながり、あなたの未来にいい変化をもたらしてくれるのです。

2015年01月27日

離欲にチャレンジしましょう

完璧に勝利を得る道とは、「何かを得る道」ではなくて、「ものから離れていく道」です。

離欲の道には完成があります。

ほんとうに充実するためには、ものは必要ありません。

足りないから満たそうとするのではなく、ものがいらないということで、心を満たす道があるのです。

ものから離れる、離欲というところから、安らぎが生まれます。

離欲にチャレンジすることが、最高のチャレンジなのです。

ところで、愛することは、一見よいことのように思えますが、愛することから悲しみや怒り憎しみなどが生じてしまうので、必要以上に愛することから、愛着からも離れなければなりません。

ものや人(親、兄弟・姉妹・子孫・恋人・友人)、地位、名誉、財産などです。

2015年01月26日

他をいたわる ・・・ 人は自分と同じではない

夫婦などで、一方が元気で他方が弱っている場合など、愛し合いいたわり合える仲ならばいいのですが、弱い相手に関する同情を欠く場合があります。〜〜が病気ばかりしているおかげで私は何もできませんで、とか嫌味のような言い方をしてみせる人が少なくありません。

「あなたが、もっと勇気を出さないから体がダメなのよ」とか「あの人、怠けてるから旅行にも行けないんだわ」という形の同年輩者に対する非難も控えなければなりません。

もちろん、気弱さ、苦しみに耐える力のないことなどから、年不相応に弱っている老人も多いですが、それを道徳的な欠陥と断定する権利は誰にもありません。

直接非難の形をとらなくても、一方的に、自分の体力や気力を標準にして、自分もこれくらいのことができるのだから、相手にもできそうなものだ、と思い込む人がいます。

ことに高齢になると、意気昂揚(こうよう)している人はますます昂揚し、気持ちの沈む人は人一倍沈むものです。その差の開き方は激しいものですから、くれぐれも、自分の体力、気力を物差しにして、他人の生き方を決めつけることは避けねばなりません。