2017年06月18日

無心となって生きて行く

ところで、禅宗では、「ただ無心となって座禅することに集中しなさい」と教えます。「座禅をすることは悟りを得る上でどういう意味があるのかとか、何のために座禅するのか、などと考えてはいけない。意味や目的を考えることは雑念となって、かえって悟りを妨げるからだ」と言います。

この考え方は、生きるということすべてに共通するのではないでしょうか。

「なぜ生きるのか?何のために生きるのか?」と考えることは、雑念となって、幸福感や充実感を見失う原因になるかもしれません。

ただ、毎日やるべきことを淡々と無心となってやって生きていくほうが、幸福感を得られるでしょう。

ところで、欲を満たして幸福感を味わう方法と、欲をなくして幸福感を得る二つの方法がありますが、後者の方が誰にでもできる方法です。

欲を満たして幸福感を得る方法は、お金もかかるし、苦悩も生みます。

2017年06月17日

用心しても恐れるな

年を取ったらむやみに年齢のことは言わないほうがよいでしょう。年齢を告げると、相手はあなたの中にその年齢を思い浮かべ、健康や活力の衰えを想像するからです。

老齢を意識することは心配を生み、それによって活力を失うことにもなります。ですから、年を取ったら年齢のことはできるだけ口にしないようにして、ときどきこうささやきましょう。

「私は日ごとに若々しく、健康に恵まれていることに感謝します」と。
気の持ち方や考え方には、大きな力があります。

用心することと、心配することとは別です。用心することは大切ですが、心配してはなりません。

ときどき体内を浄化するためにダイエットをして、体内に蓄積された不純物を取り除き、病気の予防をしましょう。こうして適切な予防措置を講じたら、あとはいっさい心配しないことです。

2017年06月16日

人は鑑(反面教師)

人の長所は長く大きく見てあげて、自分の生きる目標にしましょう。

自分がされてうれしかったことを人にしてあげられるようにしましょう。

人の短所は短く小さく見てあげて、自分の生きる教訓としましょう。

そして、自分は人にしないように学びましょう。

2017年06月15日

「すごいね〜」って褒めてあげられるのは、素晴らしい才能です

人を褒めるのって楽しい。褒められるのはもっと楽しい。

褒められる努力をするんじゃないですよ。

褒める努力をするんです。

できる人に 「すごいね〜」って褒めてあげられるのは、素晴らしい才能なんです。

褒められる努力より、褒める努力の方が簡単でみんながすぐ幸せになれます。

2017年06月14日

自我(エゴ)がなくなると天国のような状態でいられる

頭痛がすると、あなたは頭を感じます。もし、頭痛が全部消えると、あなたの頭も消えます。
あなたが病気の時、あなたは身体を感じます。あなたが健康な時、あなたは身体を感じません。完全に健康な時は身体が無いように感じます。あなたは身体をまったく感じません。

完全に健康な人は身体を忘れています。子供は完全に健康です。子供には身体を忘れています。人は歳をとればとるほど、どこか具合が悪くなり病気になり、葛藤が始まり、身体は本来機能すべきように機能しなくなります。調和しなくなり、うまく働かなくなり、身体をもっと感じるようになります。

頭痛が頭を気づかせる、病気が身体を気づかせるという単純な現象を理解しさえすれば、あなたは自分を気づかせるものは、あなたの魂の病気のようなものだということがわかるでしょう。

完全に健康な魂は、自分がありません。それはお釈迦さまも言っていることですが、つまり、「自我」がない、ということです。自我を落としている、自我を消しているということです。

人は自我(エゴ)が無いときだけ、天国のような状態でいられます。

エゴ(自我)があると、怒ったり不安になったり、悩んだり、嫉妬したり、相手をコントロールしようとしたりして一時も平安でいられません。