2015年06月05日

人はどんなに高齢になっても、いくらでも成長できる

充実した老後のためには、子供のような資質を持ち続けることが大事ですが、自由時間の楽しみは、年を取るにつれて、外の世界より内の世界に向かうべきでしょう。ただ若さを保つことが大事なのではありません。どれほど鍛えていても、年を取ると身体は徐々に衰えます。

しかし、精神の方は成長を続け、年を取るにつれて調子がよくなる場合もあります。年とともに知恵と知性を蓄えていけば、私たちはいくらでも成長し、充実した人生を送れます。

高齢になってくると、まず、引退という言葉が頭をよぎります。しかし、引退という言葉に自分を縛り付けてはなりません。引退を人生そのものからの引退と考えて、退職後に家で何もせずに過ごしている人には、実際に死が早く訪れます。

引退は生活の方向転換とみなすべきです。退職したら引退生活が始まるのではなく、自己実現が始められると考えましょう。高齢期には、外に向かっても内に向かっても、さらに高いレベルに昇れるのです。

2015年06月04日

よい種を蒔いておきましょう

私たちは日常生活の中で、いいものがあるとつい自分のものにしたくなります。それが満足感に繋がっていきます。しかし、あまり欲を出すと際限がありません。

人の幸せというのは、八分くらい満たされて、もうちょっとあれがあればいいな、もうちょっとお金があったらいいな、もうちょっとうちの子がこうなればいいな、というくらいがいちばん幸せだといわれます。

宇宙は循環しています。私たちの人間関係もみんな循環していきます。今すぐにではないかもしれません。子供の代になるかもしれません。

しかし、自分の投げかけたもの(自分の蒔いた種は)は、必ず循環して、どこかで実になって、また戻ってきます。すぐには実りを求めず、ちょっとエネルギーのあるときには、人に優しい言葉をかけたり、どの人の中にも良いことを見い出すような目を育てることです。

2015年06月03日

モチベーションがなければ満足もない

あなたの人生における満足の究極的な責任者はあなた自身です。
自分の現状を他人や状況のせいにしている人は、結局それらに翻弄される存在に自分をおとしめているのです。

自分の人生の質を上げるのも下げるのも自分次第、ということに気づかなければなりません。人生がもう少し楽ならもっと頑張るのに・・・という態度は禁物です。

人生は、今ある通りであり、こうあるべきだという姿にはなりません。
モチベーションがなければ満足は望めません。ものごとを変えたいのなら、自分自身が行動を起こさなければなりません。
あなたが成し遂げたいと考える重要なことはすべて、あなた自身が行わなければなりません。

2015年06月02日

大きな幸せは小さな喜びの連鎖から生まれる

大きな幸せはたまにしかやってきませんが、小さな喜びは毎日起こるものです。この小さな喜びをしっかりと心に留めて、日々を過ごせば、毎日が気持ちよく感じ、やることなすことが全部楽しくなります。

小さな喜びのつながりが、たしかで揺るぎない人生の大きな幸せを生み出す原動力です。

ところで、お金やモノなどで結果がついてくる喜びだけが、本当の幸せではありません。それは、「幸せを数量で計る」という「価値観のはき違え」です。

そういう価値観に振り回されないように、日々の恵みに感謝し、小さな喜びを毎日、心に留めて暮らしましょう。

2015年06月01日

陰徳を積む・・・毎日が心を磨く道場

「不陰徳をした人の晩年は必ずよくない」と多くの仏教の指導者が言っています。若い時から慈悲の心を持たずに生きていると、そのツケは晩年になって必ず来るのです。
それでは晩年のツケはいつ来るのでしょうか。それは最晩年に来ます。また来世に来るのです。

死に様(ざま)とか死に際(ぎわ)といいますが、死に面して、その人がどのような状況で亡くなっていくかは、その人の今までの総決算として表れるのです。今まで身近で亡くなった人の姿を思うと、これは他人事ではないのです。今、自分がやっていることのツケが、最晩年に来るのです。

「歩々是道場」、まさにこれです。私たちの毎日が心を磨く修行の道場です。毎日を大切にし、徳を積むことに心がけましょう。それが最晩年の私たちの姿を決めるのです。