2018年04月09日

最後の最期まで前向きに・・・

「浜までは海女も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」

これを詠んだのは江戸時代の俳人、滝瓢水です。

これから海に潜(もぐ)る海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。

どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのでしょうか。

浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのです。

つまり人間は、少しでも自分を愛(いと)おしみ、最後まで努力を重ねていかなければならないのです。

この句の「浜」を「死}と捉えれば、一層味わいが深まります。

どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところです。

死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。日が照り付ければ日傘を差す。

そうして最後の最期まで前向きに、少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていくべきではないでしょうか。

2018年04月08日

いくつになっても変化し、成長する

真に道を求める人、一流の人達はいくつになっても変化し、成長しています。

四十、五十で人生がわかったように言う人は、すでに心がマンネリになっているのかもしれません。

自己自身を修め成長させることは一朝一夕にはできません。

静々と人知れずやるといいでしょう。

それを三十年、四十年、五十年と続けていくと、風格というものができてきます。命ある限り変化成長していくことこそ、すべての人の課題でしょう。

お釈迦さまの最期の言葉はこうです。

「すべてのものは移りゆく、怠らず努めよ」

2018年04月07日

期待を捨てる・・・「成っている」状態で居る

もしあなたが、毎日「こうなって欲しい」と思って過ごしているとしたら、あなたのエネルギーは、「期待」になってしまいます。

現実をつくるプロセスではあなたのエネルギーが投影されます。

ですから、その「期待」だらけのエネルギーが投影されることになり、あなたは「こうなって欲しい」という思いをずっと抱き続けなければならないような反映を現実として絶えず受け取り、体験することになります。

現実をつくるプロセスでは「期待」を捨てる必要があるのです。

「すでに、こうなっている」という心の状態、情熱的でワクワクする感覚、そんなエネルギーで居ることを選択してください。

2018年04月06日

自分がいかに幸せかに気づきましょう

自分が今、いかに幸せかということに気づくことは大切です。

人生は、ムダなことをしなくても、十分幸せを感じながら生きていけます。

今生きて在ること。口や鼻から呼吸できること。ちゃんと肛門から、ちゃんとおしっこの出るところから用をたせること。自分で自力で用がたせること。

ちゃんと口から食べることができること。自分で歩けること。自分で服が着れること。

右手が動かせること、左手が動かせること。右手親指が動かせること、右手人差し指が動かせること、右手中指が動かせること、右手薬指が動かせること、右手小指が動かせること。耳が聞こえること。目が多少でも見えること・・・・。

探せば、何百も「有難いこと、幸せなこと」が見つかります。

ちなみに、わたくしごとですが、十八年前に亡くなった妻は、亡くなる十一ヶ月前、手術後に左わき腹から大便を、背中から小便を取っておりました。

それから私は、「普通に、出るところから出るものが出るということは、何と有難いことか」と、トイレに行くたびに感謝しております。

手足が動くこと、目が見えること、食事ができること、呼吸ができること、いつも当たり前だと思っていることは、実は当たり前のことではありません。

そのことに気がつくと、すべてに感謝できるようになります。

多くの人は幸せのただ中にありますが、はっきり認識している人は多くはないようです。

2018年04月05日

本当に望む現実を100%信じる

宇宙は、あなたが外に出している波動と同じ波動のものしか、提供することはできません。

ですから、もしあなたが「自分の望んでいない部分も少しあるけど、まあ、これくらいなら・・・」という波動を出していると、その通り、「少し望んでいない現実」があなたに引きつけられてきます。

それは、あなたの一部分が望んでいないということではなく、100%のあなたが「少し望んでいない現実」なのです。

自分が本当に望む現実を100%信じてみてください。