2015年04月10日

人生に「絶対」ということはない

私たちは他人の悪いところはすぐに分かりますが、自分自身の思い込みや頑なさにはなかなか気づきません。
私たちはいろいろな人生の局面で「絶対に自分が正しい」と思うことがあります。

しかしこの、「絶対に」ということが本当に正しいかどうか、冷静に考えてみる必要があります。
それと同じように、私たちに起こってくる物事も、これは絶対に不幸なことで、これは絶対に幸福なことである、ということもありません。
起こってくる物事はすべて中立で良いも悪いもありません。

それをあなたが良いと見るか悪いと見るかによって、物事は良くなったり悪くなったりするのです。

2015年04月09日

今日を喜べない人は明日も喜べない

毎日を爽快な気分で過ごすためには、物事を良い悪いと区別しないで、より良いものの光によって、より悪いものの存在をかすませるのがコツです。

悪いところばかり見つめていると、それを勢いづかせることになるからです。

ありふれたことにも光を当てて、無視しないで、数の中に入れて感謝すべきです。
私たちは、とかく自分が所有していると、それを無視したり軽視したりしがちです。
自分が持っているものを大切にする人は、他人が持っているもののことで心を乱したり、悩ませたりはしません。

今、手もとにあるものを気持ちよく活用する人が暮らし上手というものです。

今日を喜ばない人は明日も喜べません。そして、いつまで経っても喜べないでしょう。

2015年04月08日

善き友、善き書物、善き情報と交わる

見る姿・形は一種の暗示となって私たちの魂の中に投げ込まれます。友達または知人の悪しき範例を見ていると、その悪しき姿が自分の潜在意識内のレコードとなり、縁を得ればその通りの悪しき姿が自分の行為(おこない)に現われてきます。

反対に、善き友と交わり、善き友の行為(おこない)を見、善き友の言葉を聞くことは、目に見えない無限の宝を内に積むことになるのです。
潜在意識の中にある善き観念は、無限のよき宝であるというのは、そこから無限の善きものが湧き出るからです。

すべて心に入ってくる物はやがて形になって顕れてきます。
いつも、いつも善き友、善きものと交わっていましょう。

2015年04月07日

生涯勉強(修行)

江戸時代後期の儒学者の佐藤一斎の「言志四録」の中に「たとい視力や聴力は落ちても、見える限り、聴こえる限り、学を廃すべからず」という言葉があります。

人間は幾つになっても成長できるし、成長すべきです。歳を重ねるごとに学んでいかなければなりません。

歳を重ねたから尊いわけではなく、歳を重ねてもなお道を求めてやまない姿勢こそが尊いのです。

お釈迦さまも法句経の中で「頭白きがゆえに尊からず」という言葉を残しています。

あらゆるものから何かを感じとろうと心がけていると、「心の受信装置」が育まれます。すると人生は、よりいっそう豊かになって、世の中全体にも潤いやゆとりが生まれ、それらは大きく育っていきます。

2015年04月06日

いつも笑顔の人には、いいことしか起こらない

人も自分も楽しくなるためには笑顔を忘れてはなりません。
せっかく美味しい料理を食べに行っても、ブスッとしていると、一緒に食事をしている人の気持ちもなんだか暗くなってしまいます。人をいやな気持ちにさせては、自分にいいことは返ってきません。

人を楽しい気分にさせるのは、なんといっても笑顔です。いつもニコニコしている人を見るだけで、楽しい、幸せな気持ちになるものです。それだけではありません。
「人は見た目が百パーセント」なのです。
楽しく、幸せそうにしている人には、楽しく幸せそうなことしか起こらないのです。

ためしに、ちょっとイヤなことがあったときでも、ニコニコしてみてください。なんだか楽しい気分になるから不思議です。

同じことが、いつも言ってる言葉、いつも考えている想いに対してもあてはまります。
自分の周りには、自分と同じ波動(周波数)のことしか起きないのです。

よい人生を望むなら、自分の言葉や想いに注意しましょう。