2015年06月25日

既にそうなったかのように振る舞う

思考が意志を創り、意志が現実を創ります。だから、「心の内の理想像に大きな意味などないかもしれない」といった疑いの気持ちを持たないようにしましょう。

そして、思い描くイメージが、今の自分の現実であるかのように行動する練習をしましょう。

もし、あなたがエネルギッシュな人間になりたいと思うなら、疲れた振舞いは絶対にしてはなりません。自分の理想像を崩すだけだからです。鏡に疲れた顔が映っていても、元気いっぱいに行動しなさい。どんなときにも「疲れた人間」を自分の中に入り込ませてはいけません。

自分が心に描いたエネルギッシュな理想の人間は今ここにいる。と肯定するのです。そして、それに見合う行動をとる練習をしましょう。たとえ自己欺瞞でスタートしても、あなたがそのようにふるまった瞬間、奇跡はその場で起こります。理想のあなたは、もはや遠い希望ではなくなります。

そうしていると、それが現実になっていくものです。

2015年06月24日

「今」から人生は自由に変えられる

すべての「今」というのは、他の「今」とは違います。ついちょっと前の「今」と、只今の「今」、次の瞬間の「今」は、分離独立していてつながっているわけではありません。

ですから、今自分はこうしようと決めた「今」によって、自分の人生というのは、そこから創られてきます。

過去に囚われてはなりません。

いつでも、「今」から人生は自由に思った通りに変えられます。

2015年06月23日

想像こそ現実です

自分の中で想像できるということは、それを自分で実現できるということです。

自分で想像できることと自分でそうなれるということは、本当はイコールでつながっています。

そして、あなたがやらなければならないことは、ただもう既に自分はそういう存在だということを感じてその通りの行動を起こすっということです。

想像こそ現実なのです。

あなたの想像したものと、この実際に存在する三次元のもの、これとの違いというものは本当はありません。

あなたが想像すれば、もうあなたは既に体験しています。

2015年06月22日

受けるより与える側に立つと幸せになる

「受けるより与えるほうが幸いである」と聖書にあります。これは信仰の問題ではなく、心理学的実感としても正しいでしょう。

ただ受けているだけの人は、もっと多く、もっといいものをもらいたいと際限がなくて、夫が(妻が)「してくれない」、嫁が「してくれない」と不満が募ります。しかし、与える側に立つと、ほんの少しのものでも些細なことでも楽しくなり、相手が喜んでくれれば、さらに満たされます。与えるほうが、ずっと満足感があるわけです。

大人になれば与える側にまわらなければなりません。

人は受けもし、与えもしますが、年齢を重ねるにつれて与えることが増えて、壮年になると、ほとんど与える立場になります。そしてやがて、年寄りになってまた受けることが多くなってきます。

しかし、その時、人によって受け方の技術に差が出てきます。
ただ黙って受けるだけなら、子供と同じです。もし、「ほんとうに、ありがとう」と感謝して受けたなら、与えた側は嬉しいでしょう。お茶を一杯いれてもらって、何も言わずに当然のように飲むのと、「あなたのおかげで、今日はおいしいお茶が飲めました」と言うのとでは、相手の気持ちが全然違うでしょう。

与える側でいれば、死ぬまで壮年でいられます。おむつをあてた寝たきりの老人になっても、介護してくれる人に「ありがとう」と言えたら、喜びを与えられるのです。

2015年06月21日

どんなことにも意味を見い出し、人生を面白がること

人は、どんな状況もそこを足場にしなくてはなりません。孤独なら孤独で、それを立ち位置にして、自分がおもしろいと思うことをやっていく他はないのですから。
立ち位置と言っても、足場が悪くてよろめくことも当然ありはしますが、ふと気がつくと、隣に手すりがあったり、手を差しのべてくれる人がいたりすることもあります。

してもらうことを期待していると不満が募って、つい愚痴が出ます。老人の愚痴は、他人も自分もみじめにするだけで、いいことは一つもありません。それどころか、愚痴ばかり言う老人のそばには、人が集まらなくなります。愚痴は日陰の感じを与えるからです。反対に、何でもおもしろがっている老人には陽の匂いがして、人が寄って来ます。

時折、常に穏かでどんなことがあろうと苛立たず、周囲にいる人全員を和やかな気分にさせる、徳のある老人がいます。
「特性を有する」とは、どういうことでしょうか。規定することは難しいのですが、一つの目安は、どんなことにも意味を見出し、どれだけ人生をおもしろがれるか、ということだろうと思われます。

通常、年を重ねた人は、世間の事柄を分析することと、その奥にある密かな理由を推測することに長(た)けてきます。だから簡単には怒れなくなるものです。
しかし最近は、分別盛りの中年や世故に長けたはずの老年の中にも、すぐ怒る人が増えてきているようです。

めいめいが自分の生き方と好みをきちんと確立して、他人と同じでないことにたじろがず、自分とは違う人を拒否せず、そして、どんな相手にも生き方にも、どんな瞬間にも、どんな運命にも意味を見つけることが大切です。