2017年08月02日

弱点や欠点が幸福の種になる

何か欠点や弱点がある人、あるいは、それをいつも意識している人は、ある意味で幸福かもしれません。

「一病息災」という言葉のとおり、「体に何か悪いところのある人は、体をいたわるので、長生きする。徹夜をしても、びくともしない人の方が、かえって危ない」ということがあります。

自分の欠点や弱点を、四十になっても五十になっても意識している人は、あまり無理をしませんし、やはり、成長の余地があります。

人は悩みの種として持っているものが幾つかあるでしょうが、それはまた、自分を励まし、育てる種でもあるのだと考えたほうがよいのです。

たいていは、現在いちばん使えている能力の対極にあるものが、将来において、自分を励まし、育てるものになります。

2017年08月01日

悪口、噂話はやめましょう

人の欠点を見ている限り、あなたの心は楽しくなれません。

私たちの心は自由ですから美点を見ることも欠点を見ることもできます。

しかし、私たちは他人の欠点を見ることによって自己処罰されて、自分が苦しくなるのです。

「あいつは悪い」と思うことは一種の攻撃精神であるから、他人に対する「攻撃精神」は自分の方へ反転して来て、自分を害することになるのです。

弾丸はまずみずから薬きょうを破壊してから相手に到達します。

他人の悪事を見たとき、悪事を語ったとき既に自己は罰せられているのです。

2017年07月31日

悩みを神(宇宙)にゆだねる

多くの人たちは大事件にはそれほど心を騒がせないのに、家庭内などの身近な小事件には心をイライラさせてせっかくの人生を不快なものにしてしまいがちです。

大事件には 「仕方がない」とあきらめがつきますが、小事件ほど、何とか成ると思ってその事件をつかむからです。

何でも心でつかめば、心が悩むのです。

もしあなたの心を悩ますものがあるならば、それをあなたの心から放して、「神さま、この問題をあなたの無限の叡智のはからいにお任せいたします」と唱えて神(宇宙)のはからいに任せてしまいましょう。

心配事を放して、心を平安に保っているとかえって良いアイデアや解決策がもたらされます。

2017年07月30日

まず叶えられたことに感謝を

朝、目がさめた時、感謝しましょう。眠っている間も守護されて、生きていたことを感謝しましょう。

こうして今朝も生きているという事は、生きているのではなくて、全く「生かされていた」ことに他ならないのです。

そして昨日も自分の思いが叶えられたように、今日もまた自分の思いが叶えられることになっていることを想い浮かべて感謝しましょう。

「だって、昨日だって私の思いは叶えられなかったのに」とあなたはおっしゃるのですか?

そんな考えがいけないのです。無論、叶えられなかった思いもあるでしょう。しかし、その願いは「叶えられる」ために近づきつつある途上にあるかもしれないのに、「叶えられない」という思いを起こして、その実現の力を中断してしまうには、誠にまずい事だと言わねばなりません。

また実際叶えられた事柄もたくさんあるのではありませんか?

顔を洗うのに水もあったし、食事もいただけたし、空気を吸いたいのに空気も与えられたし、衣服を着たいのに衣服も与えられたし、お茶を飲みたい時お茶も飲めたでしょう。

すべてこれらの事は、あなたの願いが叶えられて事柄であって、それに感謝しないで、叶えられない方面ばかりを心に留めてそれに不平を言ってはならないのです。

与えられたもの、願いが叶ったものに、「私の願いを既に叶えて下さいまして、ありがとうございます」と感謝していれば、次の願いも叶えられることになるのです。

この宇宙は意識を向けていることが再び現象化するようになっているのですから、決して悪い方に意識を向けていてはいけません

2017年07月29日

現実は言葉を模倣する

私たち自身の言葉はすべて心にある影響を与え、心の振動はまた互いに感応して集団的波動となり、それが具象化して現象界の事物を創り出しています。

楽しい言葉を常に語っていれば楽しい環境が現われて来ます。荒っぽい言葉を常に使っていれば荒っぽい環境が現われて来ます。悲しい言葉を常に使っていれば悲しい環境が現われて来るのです。

現実は言葉を模倣します。

こういう訳で、私たちは、よい言葉、明るい言葉、楽しい言葉をいつもいつも意識的にでも使わなければなりません。

人は他人の失敗をゴシップにする悪い習慣を持ちがちなものですが、そのような「人の失敗を語る言葉」は言葉の力によって、自分自身の失敗をも引き起こすことになります。

つねに人の繁栄を喜び讃(たた)えるようにしていると自分が繁栄する(幸福になる)ようになります。