2015年06月26日

すべては有り難い尊い恵みであり、機会である

世の中に、つまらない仕事、つまらないモノ、というものはありません。

雑用と呼ばれる職種も、価値のない仕事、価値のないモノもありません。

それはその人がつまらないものにしているのであり、価値のないモノと判断・評価しているだけです。

すべては有り難い尊い恵みであり、機会を提供しています。

すべては、捉え方次第、考え方次第。

この世の中に価値のないものは、存在しません。

2015年06月25日

既にそうなったかのように振る舞う

思考が意志を創り、意志が現実を創ります。だから、「心の内の理想像に大きな意味などないかもしれない」といった疑いの気持ちを持たないようにしましょう。

そして、思い描くイメージが、今の自分の現実であるかのように行動する練習をしましょう。

もし、あなたがエネルギッシュな人間になりたいと思うなら、疲れた振舞いは絶対にしてはなりません。自分の理想像を崩すだけだからです。鏡に疲れた顔が映っていても、元気いっぱいに行動しなさい。どんなときにも「疲れた人間」を自分の中に入り込ませてはいけません。

自分が心に描いたエネルギッシュな理想の人間は今ここにいる。と肯定するのです。そして、それに見合う行動をとる練習をしましょう。たとえ自己欺瞞でスタートしても、あなたがそのようにふるまった瞬間、奇跡はその場で起こります。理想のあなたは、もはや遠い希望ではなくなります。

そうしていると、それが現実になっていくものです。

2015年06月24日

「今」から人生は自由に変えられる

すべての「今」というのは、他の「今」とは違います。ついちょっと前の「今」と、只今の「今」、次の瞬間の「今」は、分離独立していてつながっているわけではありません。

ですから、今自分はこうしようと決めた「今」によって、自分の人生というのは、そこから創られてきます。

過去に囚われてはなりません。

いつでも、「今」から人生は自由に思った通りに変えられます。

2015年06月23日

想像こそ現実です

自分の中で想像できるということは、それを自分で実現できるということです。

自分で想像できることと自分でそうなれるということは、本当はイコールでつながっています。

そして、あなたがやらなければならないことは、ただもう既に自分はそういう存在だということを感じてその通りの行動を起こすっということです。

想像こそ現実なのです。

あなたの想像したものと、この実際に存在する三次元のもの、これとの違いというものは本当はありません。

あなたが想像すれば、もうあなたは既に体験しています。

2015年06月22日

受けるより与える側に立つと幸せになる

「受けるより与えるほうが幸いである」と聖書にあります。これは信仰の問題ではなく、心理学的実感としても正しいでしょう。

ただ受けているだけの人は、もっと多く、もっといいものをもらいたいと際限がなくて、夫が(妻が)「してくれない」、嫁が「してくれない」と不満が募ります。しかし、与える側に立つと、ほんの少しのものでも些細なことでも楽しくなり、相手が喜んでくれれば、さらに満たされます。与えるほうが、ずっと満足感があるわけです。

大人になれば与える側にまわらなければなりません。

人は受けもし、与えもしますが、年齢を重ねるにつれて与えることが増えて、壮年になると、ほとんど与える立場になります。そしてやがて、年寄りになってまた受けることが多くなってきます。

しかし、その時、人によって受け方の技術に差が出てきます。
ただ黙って受けるだけなら、子供と同じです。もし、「ほんとうに、ありがとう」と感謝して受けたなら、与えた側は嬉しいでしょう。お茶を一杯いれてもらって、何も言わずに当然のように飲むのと、「あなたのおかげで、今日はおいしいお茶が飲めました」と言うのとでは、相手の気持ちが全然違うでしょう。

与える側でいれば、死ぬまで壮年でいられます。おむつをあてた寝たきりの老人になっても、介護してくれる人に「ありがとう」と言えたら、喜びを与えられるのです。