2015年08月19日

きれいな暮らしが心を整える

年寄りでもこぎれいに暮らしている人はたくさんいます。
つまり問題は、その人が人生を楽しんでいるかどうかなのです。
以前はよくテレビで片付けられない女の特集をよくやっていました。

片付けられない女性(ひと・男性も)は、心に問題を持っている場合が多いのです。つまり、家の中のゴミは、心のゴミを表しているのです。

明るく、毎日を楽しんでいる人たちはみんなこぎれいですがすがしい人が多いようです。

掃除、洗濯、炊事などの当たり前の作業こそが、心を安定させることにつながるのです。何か問題があっても、いつも掃除、片付けをして部屋をきれいにしておくと心も落ち着き整えられ、すべてが良い方に向かうものです。

年を取って来ると何事もおっくうになってきますが、きれいに暮らすことを心がけたいものです。

若い人でも、一度、徹底的に完璧に家や部屋を片付けるとその後リバウンドすることがなくなり、人生が必ず劇的に良い方へ向かい出します。

自分の人生を変えたい人は、片づけを、断捨離を完璧に行うことを強く推奨します。

2015年08月18日

幸せの基準を下げると幸せになる

道端で咲くタンポポを見て、「スゴイ、かわいいな〜」って思えたら、わざわざ海外に出かけて行ってアルプスを見なくっても、幸せですよね。

幸せって、幸せの基準を下げることができたら、幸せなんです。
「毎日、毎日三度のご飯が食べられて幸せ。毎日、自分ちでお風呂に入れて幸せ。自分の足で歩けて幸せ。目が見えて、耳が聞こえて幸せ」って思える人は本当に幸せ者です。

「あれがない、これがない」「もっと、もっと」「ああなりたい、こうでなければ」とないものばかり、他と比べてばかりいてはいつまで経っても幸せになれません。

今すでに与えられているモノの有難さを理解できたなら誰でもすぐに幸せになれるんです。本当は、あなたは、今幸せなんですよ。




















2015年08月17日

幸せは、手に入れるものではなく感じるもの

幸せというのは、何か特別なことが起こることではありません。何も起きないことが幸せの絶対的な本質です。

幸せとは、いいこと、楽しいことが起きることではなくて、自分にとって、いわゆる面倒なこと、大変なこと、汗をかかなくてはいけないこと、神経を使かわなくてはいけないことなどが、何も起きないこと。それこそが最大の奇跡であり、幸せなのではないでしょうか。

今、私たちは、日常生活そのものが幸せの塊りという中で生きています。それにもかかわらず、幸せの本質を知らないまま「どこかに幸せがあるに違いない」と勘違いして、自分を叱咤激励し「もっと私が頑張って成長すれば、幸せが手に入るんだ」と思いながら生きています。

しかし、幸せは努力して手に入れるものではありません。
また、幸せの本体みたいなものが、どこかにあるのでもありません。

私(じぶん)が「幸せだなぁ」と思うだけ、そう思った瞬間に幸せが百パーセント手に入るんです。

2015年08月16日

信じれば成る

憂えるのは疑うからです。危ないから憂えるのではありません。憂えるから失敗するのです。

病気は恐れ憂えるから長引き、重くなります。

事業は憂えるから崩れます。

農業のような自然力によった仕事でも憂えると実りが悪くなります。

憂えるの反対は喜ぶです。希望にもえること、信じることです。

喜びより発して、信に帰る。愛は信より発する光であり、熱です。

人生は信によって成るものです。

2015年08月15日

その時、その人に合わせた柔軟な対応を

これしかないという生き方は、生き詰まった時に、それ以外の考えができず、すべてを破綻させてしまいます。うつ病とか自殺がその結果として起ることもしばしばです。

それのみに固執し、その道のみを最重要視することは間違いです。原理主義的、絶対のみを主張する生き方は間違いなのです。

子供の教育なんかも同じです。これでなくてはダメだというような教育の仕方はないのです。できる子にはできる子に合うように、できない子にはできない子に合うように教育せざるをえません。

一つの考えにとらわれず、「窮すれば変ず、変ずれば通ず」という考えをもち、そのように教育するのが正しいのです。その時、その人に合わせて柔軟に対応することが大切です。