2015年08月24日

自分の今あることに感謝

私たちはともすれば人生の苦しみのみに目が奪われやすいものです。また人生の不公平を恨む気持ちにとらわれやすいものです。

中国臨済宗の開祖、臨済禅師は「見ることができる目を持ち、聞くことができる耳を持ち、動かすことができる手足を持っているのに、それ以上なにが不服か」と言っておられます。

五体が満足なだけでも、大変な幸せです。

自分の持っている悪い点のみを見つめることをやめましょう。自分の恵まれた点を列記し、感謝しましょう。その第一は人として生まれてくることができたことではないですか。これ以上の幸福はありません。

これに比べれば、財産、地位、美醜などは、ほんのちょっとした付け加わりに過ぎないのです。このように考え自分の今ある状態に感謝しましょう。

2015年08月23日

まずやり始める・・・百時間考えるより一歩踏み出すこと

「百聞は一見にしかず」といいますが、そのことわざには実は続きがあります。
「百見は一考にしかず、百考は一行にしかず」。

心では変化を求めているのに、考えたり想像したりしているだけでは何も変わりません。そんなときは、とにかく「行動」してみるべきです。
無理に大きく動く必要はありません。ボクシングの「ジャブを打つ」気持ちでエネルギーを送っていれば、必ず周りの何かに「作用」します。小さな行動が次の行動を呼び、波紋のように次々と変化が起こっていくでしょう。

もしもAかBかで迷ったら、少しでもメリットがあると思うほうへ動いてみましょう。
脳には「自分の行動を正当化する」働きがあるので、多少デメリットがあっても「これを選んでよかった」と思えるようになるはずです。
百回考えるより、まずは、一歩踏み出してみること、それをきっかけに新しい扉が開いて、思いもよらない世界が広がるかもしれません。

2015年08月22日

「山」が待っている

アランは、「欲しいものはすべて山と同じようなもので、私たちを待っており、逃げてゆきはしない。だが、それゆえ、よじ登らなければならない」と言っています。

山とは、自分の夢であり目標です。目標を定めたら、後は山頂に向かって進めばいいだけです。神は、なんの夢も目標もない人には、何一つ与えません。絶えず夢や目標を持ち続けて、それを目指して努力し続けることが大切です。

登る山を決めたら、まず一歩を踏み出すことです。それを黙々と繰り返していれば、どんなに気の遠くなるような高い山でも、またどんなに遅々たる歩みであっても、必ず頂上に立つことができます。すべてのことは、これと同じなのです。

2015年08月21日

運命は自分持ち

不思議なもので、成功した人は「運がよかった」といい、成功しなかった人は「運が悪かった」とこぼすものです。

何が「幸運」で何が「不運」なのでしょう。

運のよい人は、「おかげ」を知り、不運の人は「他の原因」にします。
この違いはどこから生まれてくるのでしょうか。

運に恵まれた人は努力を惜しまなかった人であり、運に見離された人は、自らあきらめた人です。

運命は自分持ちなのです。

2015年08月20日

この世にいるうちに徐々に欲から離れておく

臨終の時がくると、あなたが肉体を離れる前に、あなたが今までに考えた事や行ったこと、それらすべての想念と経験が一瞬のうちに心を通り過ぎます。そして、その中の最も強い印象が、次の人生におけるあなたの環境と習性とを決定します。

「人が臨終のときに抱く思いは、(それがその人の長年の執着であることから)来るべき次の境遇を決定する」とインドの古い教典にあります。

良くない考え、良くない思い、物質欲や名誉欲など、モノや名誉にいつまでも執着しないで自己の精神性を魂を高めておいてこの世をあとにしましょう。