2018年02月20日

人間は果食動物です

世の中の栄養士たちは私たちに 「穀物や肉類などをバランスよく食べる」よう力説していますが、人間は栄養士たちが考えているような雑食動物ではありません。

果物や野菜を食べるようにつくられているオラウータンやゴリラ、チンパンジーなどといった霊長類の仲間と同じ,果食動物に属しています。

チンパンジーの食べ物はその50%が果物、40%が野菜(やわらかい木の葉や草)、5%が根菜類です。動物性食品(シロアリやアリ)は4%以下です。

それで、私たち人間のからだにとって最もふさわしい食べ物は、実は「果物と野菜」ということになります。

大昔の私たちの祖先はずっと果物を主食としてきたことが人類学、考古学、解剖学、歴史学のうえからも証明されています。

文明が発達し、食文化がいくら変化してきても、私たちのからだの消化器官の構造や消化のプロセス、生化学反応は残念ながら古代人のときのままです。

しかし文明諸国に住む現代人の食べ物の決定権は、今や食品産業やメディアの手に握られてしまっています。

その結果、現代人は高度に加工されたファストフードのハンバーガーやコンビニの弁当を、古代人のときのままの消化器官に詰め込むようなことを平気でするようになってしまいました。

「こうした食品は人間にとって間違った食べ物である」などということは、悲しいことにほとんどの人が気づいていません。

2018年02月19日

人生の目的地はありません

人生に目的地を持つと、「こう生きるべきだ」という生きる姿勢が生まれます。

まじめに、善良に、責任感を持って、崇高に、気高く、懸命に生きれば、きっとあとで褒めてもらえるし、天国に行ける。それが人間として目指すべき道だ。

そうじゃない生き方は、罪深く、この先悪いことが起きて不幸になるし、地獄に落ちる。

なんてことを、本気で信じてしまうのが目的地志向の生き方です。

これは長年、ほとんどの宗教が私たち人類を搾取してきた基本的なトリックです。

それはいつも未来に依存させています。未来志向になれば「いま」を忘れます。

そして目的地に着くように、失敗しないようにと、深刻さが生まれ、緊張が生まれ、恐れが生まれてしまいます。

自分はうまくいってはいないのではないか、自分の人生は間違っているのではないか、他の人に比べ劣っているのではないかと、比較が生まれ、嫉妬が生まれ、競争が始まります。

そもそも、人生にはそんな目的地などどこにもありません。

2018年02月18日

他人の目

自分の価値が低いからバカにされたのではありません。

相手にそのような反応をする能力しかなかったからバカにされたのです。

もしその相手が愛情豊かな人であれば、同じ自分に対して、もっと温かい反応をしてくれたことでしょう。

そのときどきに見せる相手の自分に対する態度や評価は、必ずしも自分を反映したものではなく、その相手自身のそのときの「人となり」「人間のレベル」を表しているだけです。

ところが私たちはそれを、自分自身を示す情報だと思ってしまいます。




人はそれぞれが持つ価値観や判断基準、そしてその瞬間の気分によって、見たいように見ています。


それがわかると、少し楽に生きられます。




人がどう思おうと、自分は自分です。

2018年02月17日

もっと気楽に・・・

日々の経験は、気分が創り出していると言っても過言ではありません。

幸せな気分が幸せな経験を作り出します。

自分が不幸だと思えば、みじめな一日が待っています。

深刻さは敵です、もっと気楽にしていましょう。

2018年02月16日

怒りは災いを呼ぶ

人に対して怒るな。

自分の方が正しいと思い込んで、誰かをそしるな。

人に腹を立て、その人が愚かだとか悪意に満ちているとか吹聴するな。

そんなことをすると、自分で災いを呼び寄せてしまう。

あたかも、強い風に向かって塵を投げつけたときのように、自分に不快なことが戻ってくる。

そう、お釈迦様は説きます。