2016年07月02日

幸、不幸は自分自身の心だけが決める

「幸せ」かそうでないかというのは、環境や状況で決まるのではなく、自分自身の心だけが決められるのです。

どんなお金持ちで裕福な生活を送っていても、自分の人生は不幸だったと語る人もいれば、逆に、どんなに不安定で激動の人生を送っても満足して亡くなっていく方もいます。

七色のフィルターをかければ七色の、空色のフィルターをかければ空色の、そういう風景に見えるだけなのかもしれません。

過去の未熟な自分に対する後悔も、「これからにつながる」と思えば、直視し、認めることができます。

2016年07月01日

健康は幸福の基礎

福岡藩の儒学者、貝原益軒の「養生訓」に次の言葉があります。

「命短ければ、天下四海の富を得ても益なし。財(たから)の山を前に積んでも用なし。然れば、道にしたがい身をたもちて、長命なるほど大なる福(さいわい)なし。故に寿(いのちなが)きは、尚書(書経)に、五福の第一とす。これ万福の基本なり」

「わかき時より、はやく此術(養生)を学ぶべし。身を慎み生を養うは、これ人間第一の重くすべき事の至りなり」。

また、インドの伝統的医学アーユルヴェーダに次の言葉があります。

「御者が自分の馬車の世話をするように、人は自分の家族の世話をする。それと同様に、誰しも自分自身の本当の家、すなわち自らの身体に最大の注意を払うべきである」。

そしてまた、アメリカ合衆国独立宣言の起草者で第三代大統領でもあったトーマス・ジェファーソンにも次のような言葉があります。すなわち・・・

「あなたが才能に恵まれ、そのうえ非常な努力家だとしたら、目標とすることはなんであれ、おそらく達成できるだろう。しかし、そのために健康をなくしては、そこに幸福はない。したがって、仕事や学問その他のどんなことにもまさって、健康を維持するための行為に当てる時間を、まず確保しなければならない」と。

具体的には、出来るだけ早い時期から努めて食を節し、身体は最後までよく動かすこと。
これが最終的に幸福な人生のための秘訣だということにほかなりません。

2016年06月30日

すべては脳内の遊びです

すべての人が目指していることは・・・。

お金が欲しいのも、家や車、ブランド品が欲しいのも、旅行に行きたいのも、地位や名誉が欲しいのも、幸せになりたいのも、すべてその先にある最終目標の
「満足感」 「満ち足り感」を得たいからです。

そうです、すべては、「満足したい」 「満ち足りた気持ちに浸りたい」からです。

今すぐ 「満ち足りて下さい」 今すぐ 「満足して下さい」。

何も手にしなくても、何も行動しなくても今すぐ「満ち足りて下さい」。

それが出来ると、今ここで最終目標は達成されます。何か努力したり苦労しなくても、何も所有したり獲得する必要はありません。

私たちは何を苦悩して来たのでしょう。私たちは、一足飛びに最終目標まで行き着けるのです。

すべては脳内の遊びです。このことがちゃんと理解できると人生はとても楽で穏かな日々を送れるようになります。

あなたは悟りに近づいています。

2016年06月29日

何事も深刻に考え過ぎない

実のところ、私たちは、一度も生まれていなければ消滅することもありません。

たった一つの全体意識なのです。

本来あなた自身には形はないのです。

このことを忘れているとき、すべてが深刻過ぎるドラマになっていくのです。

肉体はたくさんの感情や思考が通過するパイプのようなものです。つまり波動バイブレーションの通路です。

「思い込み」に気づくことができたら、それを選択しないことも外すことも可能です。

あなたという存在は、想像を絶する、あらゆるすべての情報を潜在的な状態で含有している意識です。

あらゆる出来事、状況、境遇を深刻に受け止めないことです。

あたかも、映画を観ているように・・・。

2016年06月28日

苦悩を生み出すものに執着しない・・・思いを捨てる

私たちは自分に「思い」があるとき、それを実現させようと考えます。その思いが簡単に叶うことなら問題はないのですが、難しいことであればあるほど、私たちはそれが良い目標であり、望ましいことであると思い、なんとか実現させようとします。そして実現できなかったとき、自己嫌悪になったり、落ち込んだりしてしまいます。

目標を設定し、努力し、頑張り、必死になることが好きな人はそれでよいのですが、そのような生き方で悩んだり苦しんだり、むなしさを感じるという人は、初めからそのような「思い」(執着)を持たない、という解決方法をとってみてはいかがでしょうか?負担になっている重い「思い」を捨ててしまうのです。

人間の価値は、高い目標を達成したとか、業績を残したとか、そのように目に見えることだけで簡単に決まるものではありません。