2015年12月06日

陰徳は耳鳴りの如し

仏教では私たちの思うこと、言うこと、行うことのすべては業(ごう)という貯金通帳に蓄えられることになっています。

特に、人に知られずに行う良いことは、大きな利子がついて、その貯金が多くなり、その結果もたらされる幸せの程度も大きくなるといいます。

「陰徳は耳鳴りのごとし」とは、まさにそれを表す言葉で、「耳鳴り」とは自分だけがわかり、人にはわからないという意味です。

年をとってくると徳を積む、徳を失わないということが心の安定、幸せにどんなにか大事かは、いくら述べても述べすぎることはないくらいです。

もし、幸せになりたいなら、心が楽になりたいなら、今からでも遅くはありません。他人に親切にし、他人の心を傷つけないようにすること、それも誰にも自慢せずにやる、という生き方に切り替えてください。

山岡鉄舟は、「この世は人のためなどということはありませんぜ」と言いました。他人のためにやれば、業の貯金が積まれ、結局自分のためになるということです。よいことをするということは、結局は自分のためなのです。

ところで、良いことをしたから今後何かよいことがあると執拗に見返り(報酬)を期待してはなりません。

よいことをした時点で報酬は既に与えられていると、考えましょう。なぜなら、あなたにはよいことができる高貴な精神性と優しさが与えられたからです。

2015年12月05日

なんらかに「情熱」を持っていると心配や不安を抱きにくい

情熱を失うことのないようにしましょう。

情熱を向けるものをお持ちでしょうか。

あるならば、その気持ちを大切にし、一心に取り組みましょう。

無いならば、まずはそれを探しましょう。

情熱を燃やすことこそ、己の魂を取り巻く不安、恐れ、心配、邪気、負の要素全てを燃やし尽くし、浄化に導く術(すべ)です。

2015年12月04日

「中庸」が大事

全てを中庸に保ちましょう。

精神成長のことのみに限りません。

肉体を鍛えることのみではありません。

心をゆるめることのみではありません。

人に左右されてはなりません。

我意に執着してもなりません。

全てにおいて偏ってはなりません。

霊・心・体の調和が取れ全てが中庸であるとき、真実の己の姿が表れます。

それが悟りと知りましょう。

2015年12月03日

ものごとを肯定的に捉える

人間の考えることは、ものごとを否定することと肯定することの二つしかありません。

人に対して、あの人はいい人だ、素敵な人だ、と思うことは肯定することです。

どんなときにでも、ものごとをすべて肯定して捉える習慣くらい、人間にとって幸福なものはありません。

2015年12月02日

歳を重ねた自分を認めましょう

七十代、八十代になって、急に自分の老いを身にしみて感じるようになることがあるでしょう。

そういうときは、この歳になっても、なおいろいろなこと(仕事・用事)ができる体に産み、育ててくれた父母に感謝しましょう。

これまで何年間も働いてくれた目、耳、その他の痛んだ部品に、「今までありがとう」と言いこそすれ、責めない自分でありましょう。

老いてなおできること、それは、ふがいない自分を、あるがままに受け入れ、機嫌よく感謝を忘れずに生きることです。

若い時に出来たことが、年老いて出来なくなることもあります。それでも、今、できることに感謝しましょう。