2016年06月09日

どんな状況もはじめから意味を持っているわけではありません

すべての状況は、いい意味にも悪い意味にもどちらにも捉えることができます。

自分がその中から、どんな肯定的なことを引き出せるか、という姿勢を持てば、そこから肯定的な結果を生み出すことができます。

どんな状況もはじめから意味を持っているわけではありません。

すべての状況は本質的には何の意味もないのです。 「無」なのです。

実際は、自分が与える意味によって、自分のこの肉体レベルでの現実を創っているのです。

もし他人が否定的意味を持ってあなたに何かをしても、自分がそこから肯定的なものしか見ないと決めていれば、肯定的な結果しか得られません。

どんなことも、どんな状況も、肯定的に解釈するのも、否定的に解釈するのも、個人の自由に任されていますので、どちらに捉えようと自由ですが、否定的に捉えることが多かった人は、人生の終わりになって、自分の人生は不幸だったと思いがちです。

一方、どんなことも、どんな状況も、肯定的に解釈してきた人は、人生の終わりになって、自分の人生は幸福であったと思って安らかに逝くことができます。

2016年06月08日

自分の好きなことだけ追求しましょう

世間の価値観に囚われず、また世に言う成功にも執着せず、自分の好きなことだけを追求しましょう。

そうすれば、意欲的に積極的に事に向かうエネルギーが枯渇することなく、楽しく生きていけます。

自分の好きなことを追求する人は、結果的に世間が成功と評する事を成すことができるし、意識しなくても新たな成功を積み上げていくこともできます。

自分の好きなこと、ワクワクすることは、あの世で決めてきた今生の使命にもつながっているもので、人生に苦悩が少なくて人生を楽しんで過せるようになっています。

2016年06月07日

苦しむ前に「欲七分」の生き方にシフトする

水をなみなみと注いだグラスを持たされたら、あなたは手ぶらのときのようにスイスイと歩けますか?

こぼしてはいけないと思う余り、とても自由に歩くことなどできません。

七分くらい水を注いだところで満足すればいいのに、「もっと入る、もっと入る」と欲張ってコップいっぱいに水を入れるから、たかがコップの水一つに、体と心の自由を奪われてしまうことになるのです。

こんなふうに、人生には、「もうちょっと」と欲張ってしまったばかりに、身動きがとれなくなることがよくあります。

あと少しと欲張ると、人は不自由になります。何事も七分くらいで満足しておくのがいいのです。

人は、年齢とともに強欲になるものですが、六十歳を過ぎたらさらに「欲六分」ぐらいに下げることがお勧めです。

食欲もそうですが、どんな欲も、満腹状態は心身の毒にしかなりません。

2016年06月06日

穏かな心の持ち主でありましょう

穏かな心は、自己コントロールの長く粘り強い努力の結果です。
それが存在する場所には、つねに、成熟した人格と、「原因と結果の法則」に関する確かな理解が存在しています。

人は、自分が「思い」によって創られた存在であることを理解すればするほど、より穏かになります。

なぜならば、その知識は、自分以外のすべての人達も同じようにして創られた存在であるという認識を、自然にうながすことになるからです。

「思い」と人格ひいては人生との関係を理解し、原因と結果の観点から、あらゆる現象をより正しく眺められるようになることで、人は、不平を言い、いらだち、悩み、悲しむことをやめ、より落ち着いた、より安定した、より穏かな心の状態を保てるようになります。

人々はつねに、冷静で穏かにふるまう人間とのかかわりを好むものです。
穏かな心の持ち主は、つねに愛され敬われます。

2016年06月05日

死ぬ前に後悔しないためにも、良いと思ったことはすぐやる

良いと思われることはどんどんやってしまいなさい。
もし結果が良くなくても、やらないよりよっぽどましである。

この世は、協力と調和を表現し経験して、学びとる世界です。

怠りなくはげみ行動することが、私たちがだんだんと本物の自分に近づいていくことができるただ一つの方法だからです。