2018年07月17日

人生は楽しむためにある・・・「不安」になることは考えない

私たちの人生は、自分自身が楽しむためにあります。

そうであれば、どんなことが起っても、どんなことに遭っても自分の心が楽しくなるように考えていった方がいいのです。

つまり、プラス思考をした方が、人生は圧倒的に楽しいのです。

起きてもないことを心配するのはやめましょう。

解決策の見つからないことは考えるのをやめましょう。

考えることが解決につながると、思い込んでいるときがありますが、不安になるだけでちっとも答えの出ていないときがあります。

不安になるだけだったら、考えないほうがずっといいのです。

不安な気持ちを残していると、関係ないことにイライラしたり、運の悪いことが続いたりするものです。

「不安」という心にぴったりのことを引き寄せるからです。

もう一度言います、私たちの人生は、自分自身が楽しむためにあります。

2018年07月16日

笑顔で生きるか愚痴を言って生きるか

「人生で理不尽な出来事が起るのは当たり前のこと」と現実を受け入れて、その状況に押し潰されることなく、逆に晴れやかに、にこにこ暮らしていく。

大切なのはそのことです。

私たちは問題にぶつかった時、生きる姿勢を自分で選び取ることができます。

愚痴を口にせず苦しみを心の中で転がしながら笑顔で歩いていく生き方も選べます。

反対に愚痴ばかり言って坂道を下降していくことも一つの選択肢です。

どんな時でも愚痴を言わない、いつも笑顔で生きていく。そう決意さえすれば、後ろから大きな温かい手で支えてくださる方はいらっしゃるものです。

2018年07月15日

とらわれないこと

この世には絶対に正しいということはありません。同じことをしても正しいこともあれば、正しくないこともあります。

自分の作った人生観に固執し、これを変えることができないと、何か起こったときに心を傷つける感情が生まれます。

仕事なども、自分はこの仕事でなくてはだめだなどという仕事はないのです。

何でも自分の考えを変えられれば、問題はないのですが、どうしても固執すると心を傷つける感情が生まれるのです。

「これでなくてはだめだ」などという考えはないのと同じように、「この意見は常に正しい」という意見もありません。

一つの考え、一つのやり方にとらわれてはいけません。

ある考えにとらわれると自由が効かなくなります。

そのことは結局私たちを苦しめるような結果になります。

私たちは「正しい」と思うことにはとらわれがちです。

何ごとにもとらわれてはなりません。

とらわれないこと

この世には絶対に正しいということはありません。同じことをしても正しいこともあれば、正しくないこともあります。

自分の作った人生観に固執し、これを変えることができないと、何か起こったときに心を傷つける感情が生まれます。

仕事なども、自分はこの仕事でなくてはだめだなどという仕事はないのです。

何でも自分の考えを変えられれば、問題はないのですが、どうしても固執すると心を傷つける感情が生まれるのです。

「これでなくてはだめだ」などという考えはないのと同じように、「この意見は常に正しい」という意見もありません。

一つの考え、一つのやり方にとらわれてはいけません。

ある考えにとらわれると自由が効かなくなります。

そのことは結局私たちを苦しめるような結果になります。

私たちは「正しい」と思うことにはとらわれがちです。

何ごとにもとらわれてはなりません。

2018年07月14日

最後の最期まで前向きに生き切る

「浜までは海女も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」

これを詠んだのは江戸時代の俳人、滝瓢水です。

これから海に潜(もぐ)る海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。

どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのでしょうか。

浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのです。


つまり人間は、少しでも自分を愛(いと)おしみ、最後まで努力を重ねていかなければならないのです。

この句の「浜」を「死}と捉えれば、一層味わいが深まります。

どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところです。

死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。日が照り付ければ日傘を差す。


そうして最後の最後まで前向きに、少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていくべきではないでしょうか。