2019年11月18日

無心になって生きてゆく

ところで、禅宗では、「ただ無心となって座禅することに集中しなさい」と教えます。「座禅をすることは悟りを得る上でどういう意味があるのかとか、何のために座禅するのか、などと考えてはいけない。意味や目的を考えることは雑念となって、かえって悟りを妨げるからだ」と言います。

この考え方は、生きるということすべてに共通するのではないでしょうか。

「なぜ生きるのか?何のために生きるのか?」と考えることは、雑念となって、幸福感や充実感を見失う原因になるかもしれません。

ただ、毎日やるべきことを淡々と無心となってやって生きていくほうが、幸福感を得られるでしょう。
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