2014年03月25日

「冬がきたら」・・・・坂村真民の詩(一部略)

冬がきたら

冬のことだけ思おう

冬を遠ざけようとしたりしないで

むしろすすんで

冬のたましいにふれ

冬のいのちにふれよう

冬がきたら

冬だけが持つ

深さときびしさと

静けさを知ろう

・・・・・・・・・・・・・(中略)

冬はわたしの壷である

孤独なわたしに与えられた

魂の壷である

以上


「冬」を、人生の冬である高齢期に置き換えてみると、深い味わいがあります。
人生の冬ーー高齢期に入ったら、過ぎ去った季節のことをなつかしむのではなく、また、暖房を入れて、冬の寒さをまぎらわそうとしたりしないで、むしろ進んで「冬のたましい、冬のいのち」に触れようとすることこそが、大切なのです。

その時、冬は、冬だけが持つ宝、高齢期に入ってのみ味わえる 「深さと、きびしさと、静けさ」を味わわせてくれます。

かくて高齢期は、それまでに、その人が味わったすべての経験を融和し、意味づける「魂の壷」となります。

人間は、「その青年時代は肉体で世界を捉え、壮年の時は心と知で世界を捉えるが、老年になると、魂で世界をつかまえようとする」と、言った人がいますが、本当にそうかもしれません。
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