2018年09月27日

人は誰も、内側で考えている通りの人間である

人は誰も、内側で考えている通りの人間である


私たちの誰もが内心では手にしたいと考えている、気高い神のような人格、慈悲深い仏のような心は、神からの贈り物でもなければ、偶然の産物でもありません。

それは、繰り返しめぐらされつづけた、気高く、慈悲深い、正しい思いの、自然な結果です。

私たちは、自分自身の「思い」によって、自分をすばらしい人間に創り上げることができます。
正しい思いを選んでめぐらしつづけることで、私たちは気高い、崇高な人間へ上昇することができます。

人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者であるのです。
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人は誰も、内側で考えている通りの人間である

人は誰も、内側で考えている通りの人間である


私たちの誰もが内心では手にしたいと考えている、気高い神のような人格、慈悲深い仏のような心は、神からの贈り物でもなければ、偶然の産物でもありません。

それは、繰り返しめぐらされつづけた、気高く、慈悲深い、正しい思いの、自然な結果です。

私たちは、自分自身の「思い」によって、自分をすばらしい人間に創り上げることができます。
正しい思いを選んでめぐらしつづけることで、私たちは気高い、崇高な人間へ上昇することができます。

人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者であるのです。
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2018年09月26日

既に願いは叶ったと感謝していましょう

祈りがかなえられないという場合、じつは、最も強く信じている思考や言葉、感情が作用しています。

私たちが知っておかなければならない大切な秘密は、思考の陰につねにもうひとつの思考、「思考を支える思考」とでも言うべきものがあって、それが、思考をコントロールしているということです。

つまり、何かを求めたり、願ったりしたら、望んだことがかなう可能性は非常に小さいということです。なぜなら、「欲望を陰で支えている思考」というのは、「その望みは叶っていない」という思いだから、そちらの方が現実になるのです。

求めるということは、「自分にはない」と言い切ることであり、欲すると言えば、まさにそのこと・・・欲すること・・・を現実に体験することになります。

したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝です。

現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いは叶うと認めることです。感謝とは神を信頼すること。求めるよりも前に神が応えてくれると認めることですから。

決して求めたりすがったりしないで、感謝していましょう。

2018年09月25日

幸せは心の中に・・・

幸福とは、どこか外にあるものではなく、もっと身近な自分自身の心の中にあるものです。世の中にあふれるたくさんのモノやお金、地位や名誉を手に入れることが幸福なのではありません。

心の中に抱く、感謝の気持ち。それが幸福の源なのです。

欲望のままに生きることに慣れてしまい、恵まれた環境を当たり前のことと思いがちです。
謙虚な気持ちや、感謝することを忘れていてはいけません。

幸福とは、生きていることに感謝する気持ちから生まれるものです。続きを読む

2018年09月24日

幸せの敷居は低く・・・

幸せとは、自分の心が決めることです。人と比べることではありません。

幸せの敷居が低いと、ちょっとしたことにも喜びが感じられます。

歩行や食事など自分のことが自分でふつうにできること、他人からのなにげない親切や思いやりに、心が満たされます。

モノがあふれ、一見豊かに見える世の中なのに、心の真に豊かな人は多くありません。
心の豊かさを取り戻すためにも、幸せの敷居は低いほうがいいのです。欲を言い出すと切がありません。