2018年03月31日

モノの見方

一つひとつの事件や出来事は、すべて「見方」によって変えていくことができます。

すべてのことは全部、解釈によって変わっていきます。置き換えることができます。

マイナスにとろうろ思ったら、いくらでもマイナスにとることができますが、プラスにとろうと思ったらプラスにとることもできます。

すべてんの事象、現象、出来事、事件などは宇宙的には中立です。無記であるとお釈迦様も言われます。

肯定的に解釈していくと、肯定的な結果が生み出され、否定的に解釈していくと、否定的な結果に結びついていきます。

ものの見方を変えると、事実がまったく違うものに見えてきます。

違うものが見えてきます。

ものの見方を自由自在にコントロールできるようになると毎日、毎瞬、イライラしたり悲しんだり悩んだり悔しがったり妬んだり苦るしんだりしないで穏かで楽しく過ごせるようになりす。

これまで教えられてきたことや先入観などにあまり振り回されないことが大切です。

病気や事故はつらいことと一面的に考えている間は、それらがつらいものであり続けます。

しかし、見方を変えると、それらはまったく違う局面になるのです。

2018年03月30日

少食健康法・・・

少食によって完全に消化吸収された各種の栄養素が、六百兆ともいわれる人体細胞に供給されることにより、それぞれの細胞組織は生き生きと働き、百パーセントその生命力を発揮することができるます。

 ところがもし、過食してしまい、おびただしい栄養物が体内に吸収されると、各臓器はこれらの剰余栄養物の処理に追われて過労に陥ってしまいます。その結果、外へ向かって発揮されるべき生命力を、過剰栄養分の処理に使わなければならなくなり、大変なマイナスとなってしまいます。

 それでもなお完全に処理できず、血液は汚濁されたまま循環し、全身の細胞にそれが供給されるのですから、各細胞にとっては実に迷惑なことになります。

各臓器に対してこんな無慈悲な行為はありません。

ですから、少食によって全身の細胞に清浄な血液を供給してやり、各細胞に本来の働きをフルに発揮できるようにしてやることは各臓器に対する立派な愛の行為になります。

2018年03月29日

大人というものは・・・平静と礼儀とを失わないように取り繕える

自分が不愉快なら、不愉快な声を出してもいい、ということは少しもありません。

むしろ自分の内心がどのようであろうと、平静と礼儀とを失わないように取り繕えるのが大人というものです。

「心と行動は違っても仕方ありません。せめて心と行動が裏腹でもいいから、相手に優しくしなさい」 とイエス・キリストは教えたそうです。

お愛想を言えというのではありません。

誰にとっても、現世はうんざりすることだらけでしょう。

せめて同じ時に生まれ合わせ、声だけでも交わす縁(えにし)を持った人とは、優しく明るい声で、この一瞬をできるだけみじめでないよう共有したいものです。

2018年03月28日

今日あったいいことを数えよう

どうしようもなく落ち込んだときに気持ちを切り替えるためには、「いいこと探し」をするのが効果的です。

「いいこと探し」とはその名のとおり、自分の身の周りにあるいいことを探してみることです。

普段、何気なく過ごしているときは気づかなかったような小さなことも、意識してみるとたくさん見つかるものです。

健康な人は目が見えることや耳が聞こえること、自分の足で歩けること、自分で口から食事できることなんかは全然当たり前のことだと思っていますが、こういうことが自力でできることだってとても幸せでいいことです。

また、耳鳴りがない人、肩こりや膝や腰が痛くない人もこういう痛みをかかえている人と比べると、とても恵まれたいい一日を過ごしているのです。

家や身近に介護を要する人がいない人も大変恵まれた生活を送っているのです。

この他、「バスで席に座ることができた」とか「怖い上司の機嫌がよかった」とか「たまたま入ったお店で好きな歌手の曲が流れていた」とか「スーパーで自分の必要としていた食材が調度安売りだった」とか探してみれば、小さなラッキーが、一日の中にいくつもあったことを思い出せるのではないでしょうか。

寝る前に「今日あった、いいこと」を思い出して、その日をしあわせな気分で締めくくっておくのはとても良いことです。

自分は決して不幸ではなく、意外とラッキーな人間なんだと気づくと、ちょっとしたイヤなことは気にならなくなります。

心がマイナスに傾きかけたときは、自分が喜べることや楽しいと感じることを意識的に探すようにしましょう。

2018年03月27日

存在そのものの価値を認め、愛する

行動や行為のことをDoing(ドゥーイング)といいます。

そして、その結果得られるものをHaving(ハビング)といいます。

たとえば、子育てを例にすると、親が期待するような行動を取ったときに、「いい子だね」と褒める。これはその子の行動、つまりドィーイングを評価したことになります。

また、子どもがいい成績を取ったときに、その成績を褒める。これは、その子が手に入れた結果、つまりハビングを評価したことになります。

しかし、Doing(ドゥーイング)もHaving(ハビング)も、その子自身ではなく、その子の付属物です。

一方、その子自身のことをBeing(ビーイング)と言います。

Beingとは、その子の存在そのもののことです。

人間はDoingやHavingでばかり評価されていると、自分の存在、つまりBeingが不安になってきます。

「そのままの自分ではダメだ」と思えてくるのです。

私たちの最大の価値は、取った行動や、出した結果にあるのではなく、存在すること(宇宙・大霊の分霊として存在すること)にあります。

このことを真に認識しすべての人を尊重し優しく接しましょう。