2017年09月30日

環境は人を創りません

人間は、心の奥底の支配的な思いにつきしたがい、誤った行いをつづけながら、また正しい行いに努めながら、やがては、それらの果実である自分自身の外部環境に行き着くことになります。

人びとが刑務所に入ったり貧困に苦しんだりするのは、過酷な運命や環境のせいなどでは決してありません。

彼らがそうなるのは、ひとえに、彼ら自身の不純な思いと利己的な願望のせいなのです。

澄んだ心を持つ人間は、たとえどんな誘惑を受けようとも、けっして犯罪に走ったりすることはありません。

心の中で養われ、パワーを増した犯罪思考が、機会をとらえてそれ自身を外部に漏らしたとき、犯罪は発生します。

環境は人間を創りません。

私たちの環境は、私たち自身のことを外側に漏らすのみです。

気高い思いばかりをめぐらしている人間が、邪悪な道に落ち、苦悩するなどということは決して起こりません。

同様に、邪悪な思いばかりめぐらしている人が、気高い目標を達成して真の幸せを感じる、などということも絶対に起こりません。

2017年09月29日

すべては、必要・必然・ベストです

神様は生かすものは生かす、往生さすものは往生させます。

神様は愛ですからその人に悪いようにはしっこない、と深く固く信じること。

起っていることは常にこれが今の自分に最善のことなんだと考え、どんなことも否定的に解釈しないことが大切です。

すべて起っていることは必要があって、必然的に、ベストなタイミングで起っています。

2017年09月28日

すべての出来事、すべての経験は単なる「機会」です

すべての出来事、すべての経験には、機会を創出するという目的があります。

出来事も経験も、「機会」なのです。それ以上でも、それ以下でもありません。

「悪魔のしわざ」とか「天罰」とか「神様からの褒美」などと考えるのは過ちです。

出来事や経験は出来事や経験として起るに過ぎません。

それに意味を与えるのは、私たちがどう考え、どう行動し、どう応えるかです。

出来事も経験も、私たちに引き寄せられる機会で、意識を通して個人的、集団的に創りだされます。

意識は経験を創り出します。その意識を、私たちは向上させようとしています。

機会を引き寄せるのは、あるべき自分を創り、体験するためで、あるべき自分とは、今の自分よりも高い意識を持った存在ということです。

2017年09月27日

重要なものは何もない

本質的に重要なものは何もありません。

私たちが出来事に意味をつけ加えて、重要なものにしているだけです。

世界(宇宙)はある状況を与えることはできますが、その状況が何を意味するのかを決めるのは私たちです。

私たちが選択しなければ、何事も重要なことにはならないということです。

「重要なものは何もない」という知恵を充分に理解していれば、必ず役に立ちます。

慌てずにいられます。不安からも解放されます。平穏でいられます。

2017年09月26日

今からでも運命は容易に改善できます

人間の人生に幸・不幸の違いが生じるのは、つまり運命が分かれるのは、その人間の物事への執着具合によります。

多くの人を観察すると、幸運と不運、生と死、に分かれる事実が存在します。

多くの人は、幸運や運命というものは、どこかの誰かによって勝手に自分に押し付けられた不公平なものだと勘違いしています。

しかし、その結果を作っている犯人は、自分自身です。

人は、「自分がした過去のことを忘れている」、「自分がした行為の、その本当の善悪に気づきにくい面がある」、という性質があります。

この二点を気づきにくくしているのは、その人の「執着心」です。

物事への執着心が強ければ強いほど、自分自身の間違いに気づけないのが人間なのです。

冷静に観察している第三者には、他人の行為の善悪はよくわかります。

だから人は、自分自身で自分を観察して、自分の悪い原因となりそうな行為に早く気づくことが、良い結果や幸運をもたらすことになります。

偶然や他人が決めた運命などは、実際には存在しないのです。

すべての結果は、自分自身が原因です。

自分のための我欲からの執着心を少なくし、自分がした行為を忘れずに、自分自身を静観することが、この世での幸運を「今も」日々に生み出しています。

だから、今からでも運命を容易に改善することが可能です。