2017年04月30日

宣伝と本当のこと(真理)は違います

多くの人は、カロリー計算をして何でもバランスよく食べれば、健康的な食生活だと思っています。

カルシウムは乳製品から、タンパク質は肉や魚から、小魚は骨を作る、果物は太るもの・・・
そう固く信じ込んでいます。

これらの間違った栄養学の考え方が、日本ではまるで宗教のようにいまだに信仰されているのは、この国が世界の栄養学の巨大な潮流に疎いという事実に加えて、様々な食品業界が国民の健康管理を行うはずの厚生労働省と癒着し、栄養学や医学界の権威を雇い、業界の利益を拡大するための宣伝をして、ウソの情報を流し続けているからです。

ですから、現代人にとっては、宣伝と真理の区別をすることが死活問題になっています。
何でもかんでも宣伝を鵜呑みにせず自分で真実を見極めることはとても大切です。

2017年04月29日

何でも直ぐに信じないこと・・・名医は少ないもの

現代医学が信奉する栄養学による食事療法は、生活習慣病の蔓延に貢献してきました。
これは信じられないことですが、現実にそうなっています。

病院で出される食事は、うどん、ジャムパン、マーガリン、スキムミルク、ベーコンなどの粗悪な加工食品と加工の過程でタンパク質や食物繊維が破壊された豆腐、こんにゃくなどの自然食品と称す加工食品、鶏肉の炒め物や魚の塩焼きなどの血圧を上げる料理がほとんどです。

「糖尿病のための食事療法」、「高血圧のための食事療法」というのは、実際は「糖尿病にさせるための食事療法」、「高血圧にさせるための食事療法」なのです。こんないい加減な食事療法では生活習慣病は根治しません。

私たちは食事療法は薬物療法に移行するための布石になっていることを知っておくべきです。お医者さんはいきなり薬物療法を開始すると、患者さんが抵抗を感じるので、しばらく「食事療法」を体験させ、検査値が改善されないことを患者さんに納得させた上で、薬物療法を受容させるという形をとるわけです。

そうすれば、生活習慣病の治療には薬物療法が不可欠であると患者さんに思わせることができ、患者さんを長い期間にわたって薬漬けにすることができるのです。

薬物療法が有効な治療であればいいのですが、実際には大変な副作用を伴うことが多く、お医者さんの指示に従うことほど危険なことはないのが現状です。


医者は医学部で正しい栄養学について何も学ばず、医師国家試験にも栄養学に関する出題がほとんどまったくありません。医者になってからも製薬会社による接待で忙しかったりして、正しい食事療法をしりません。だから、栄養士に頼るわけですが、医者や栄養士自身が肥満を含む生活習慣病を患っていることがよくあり、自分の習慣や言い伝えに基づいて「魚と牛乳を摂るように」などと適当に言ってるだけです。

2017年04月28日

「バランスのいい食事」というのは実は体によくありません

現代人は「何でもバランスよく食べる」ことを美徳としていますが、これは人間の生理と食性を無視した考え方です。

1956年にアメリカの農務省が発表した四大食品群(第一群=肉、魚、卵。第二群=乳製品。第三群=野菜と果物。第四群=穀物)というのは、四大食品業界の利益確保のために考案されたスローガンです。農務省の使命は国民の健康管理ではなく、すべての農産物の在庫の一掃でした。そのために栄養士を利用して、国民がバランスよく様々な食品を消費するためのスローガンを発表したというわけです。

様々な種類の食品を一回の食事で食べれば、胃袋がゴミ袋のようになることは明らかです。こういう無謀な食べ方をすると、消化不良を起こすだけではありません。消化が困難であれば、排泄も困難になって便秘になりやすく、肥満を招き、血液を汚濁し、消化器官が故障し、いつかは病気になります。

日本では、昭和30年代に厚生省が国民の「健康管理」のための新しい食事指針として四大食品群の食事指針を導入し、その数年後に成人病が蔓延しだしました。

「人間は自分の歯で墓穴を掘る生き物である」というフランスの格言は、現代社会に生きる私たちの実態を言い当てています。

2017年04月27日

自分自身の持っている波動があなたの体験することを決めています

本当に満足して、充実しているとき、それを反映するような人間関係や状況を引きつけます。

愛や奉仕や喜びを持っていると、変革のときにも、その人を肯定的な方に運んでくれます。

どんな人でも、あなたの目の前に現われてくる人は、そのときのあなたに一番必要なものを反映して見せてくれているということを覚えておきましょう。

いつも、いつも、今の状況は、今のあなたに調度いい、ということです。

2017年04月26日

本来の「友」とは・・・

私たちは「友」という概念を非常に狭い意味でとらえがちです。

友というものは、年齢が近く、同じような趣味を持ち、同じような音楽を聴き、同じような遊びに関心がある人、というふうに考えている人が多いようです。

しかし、本来の「友」とは、遊び相手とか遊び仲間というようなものではなくて、人生上の悩み・苦しみ・苦悩・煩悩を少しでも軽減してくれるような「気づき」を教えてくれる人のようです。

それは同時に、自分もそういう存在になることが、相手に「よき友」といわれる条件ということでもあります。

そのように教え合うこと、交歓し合うことが「友」というものなのです。

年齢が離れていようが、異性であろうが、関係ありません。