2021年04月13日

大人というものは・・・平静と礼儀とを失わないように取り繕える

自分が不愉快なら、不愉快な声を出してもいい、ということは少しもありません。

むしろ自分の内心がどのようであろうと、平静と礼儀とを失わないように取り繕えるのが大人というものです。

「心と行動は違っても仕方ありません。せめて心と行動が裏腹でもいいから、相手に優しくしなさい」 とイエス・キリストは教えたそうです。

お愛想を言えというのではありません。

誰にとっても、現世はうんざりすることだらけでしょう。

せめて同じ時に生まれ合わせ、声だけでも交わす縁(えにし)を持った人とは、優しく明るい声で、この一瞬をできるだけみじめでないよう共有したいものです。

2021年04月12日

今日あったいいことを数えよう

どうしようもなく落ち込んだときに気持ちを切り替えるためには、「いいこと探し」をするのが効果的です。

「いいこと探し」とはその名のとおり、自分の身の周りにあるいいことを探してみることです。

普段、何気なく過ごしているときは気づかなかったような小さなことも、意識してみるとたくさん見つかるものです。

健康な人は目が見えることや耳が聞こえること、自分の足で歩けること、自分で口から食事できることなんかは全然当たり前のことだと思っていますが、こういうことが自力でできることだってとても幸せでいいことです。

また、耳鳴りがない人、肩こりや膝や腰が痛くない人もこういう痛みをかかえている人と比べると、とても恵まれたいい一日を過ごしているのです。

家や身近に介護を要する人がいない人も大変恵まれた生活を送っているのです。

この他、「バスで席に座ることができた」とか「怖い上司の機嫌がよかった」とか「たまたま入ったお店で好きな歌手の曲が流れていた」とか「スーパーで自分の必要としていた食材が調度安売りだった」とか探してみれば、小さなラッキーが、一日の中にいくつもあったことを思い出せるのではないでしょうか。

寝る前に「今日あった、いいこと」を思い出して、その日をしあわせな気分で締めくくっておくのはとても良いことです。

自分は決して不幸ではなく、意外とラッキーな人間なんだと気づくと、ちょっとしたイヤなことは気にならなくなります。

心がマイナスに傾きかけたときは、自分が喜べることや楽しいと感じることを意識的に探すようにしましょう。

2021年04月11日

存在そのものの価値を認め、愛する

行動や行為のことをDoing(ドゥーイング)といいます。

そして、その結果得られるものをHaving(ハビング)といいます。

たとえば、子育てを例にすると、親が期待するような行動を取ったときに、「いい子だね」と褒める。これはその子の行動、つまりドィーイングを評価したことになります。

また、子どもがいい成績を取ったときに、その成績を褒める。これは、その子が手に入れた結果、つまりハビングを評価したことになります。

しかし、Doing(ドゥーイング)もHaving(ハビング)も、その子自身ではなく、その子の付属物です。

一方、その子自身のことをBeing(ビーイング)と言います。

Beingとは、その子の存在そのもののことです。

人間はDoingやHavingでばかり評価されていると、自分の存在、つまりBeingが不安になってきます。

「そのままの自分ではダメだ」と思えてくるのです。

私たちの最大の価値は、取った行動や、出した結果にあるのではなく、存在すること(宇宙・大霊の分霊として存在すること)にあります。

このことを真に認識しすべての人を尊重し優しく接しましょう。

2021年04月10日

本音が一番!

何かの選択に迷う時、どちらにしたらいいのかわからない時など、あなたが本音でワクワクすること、「いい!」と感じること、違和感なく自然に感じる方向へ進むことが、結果的にあなたの幸せにつながります。

それは、あなた自身の本音こそ、実はすべての情報を備えた直感だからです。

直感は天(宇宙)からのお知らせ、導き、情報です。

今の自分に必要なこと、どちらを選べば良いか、どりらが自分にとって幸せを感じられる結果になるか、すべての答えが、本音という感覚のなかに隠されているのです。

宇宙からのメッセージを受け取る一番はじめは、この「本音で感じること」にどこまで素直になれるか、から始まります。

2021年04月09日

みんな違って、みんないい・・・

人の価値観や生き方は人それぞれです。

違うからこそ、この世の中が成り立っています。

「こういう生き方をしたら偉い」とか、「あの生き方は失敗」ということはありません。

なぜなら、それぞれの人の役割は違うからです。

あなたは、あなたが興味のあること、あなたが幸せを感じること、あなたが「いい!」と感じることに進めばいいのです。

自分の本音で選択する癖がつくと、「起こることはすべてベストである」ということに気づきます。

2021年04月08日

他人の基準(価値観)に振り回されない

たとえば、この学校に入ること、この職業につくこと、この地位になること、この経済力になること、この暮らしをすること・・・すべて、それとは違う価値観の人から見れば、「だからなんなの?」という程度のことです。

自分の世界の常識が、世の中の全員に通用するわけでなく、実はあなたが絶対に良いと思っている形を、相手が同じように思っているわけでもありません。

と同時に、本人がそこに幸せを感じていればそれでいいのです・・・ということは、相手の好みも自分の好みもどちらも正解で、どっちもいいのです。

これがわかると、他人と比べるのはまったく意味のないことだとわかります。

いつもいつも他人の基準(価値観)で何かを選んでいると心から幸せになることは難しいでしょう。

2021年04月07日

本音を信じる・・・

メディアや世間の決める「これが幸せ」は、あなたの幸せではないかもしれません。

本音ではそれをわかっている、それなのに、無理に気持ちをそこに向かわせようとする、だから向かっている途中から苦しくなるのです。

苦しくなると言うのは、「そっちではない」ということです。

あなたの本音の感覚を通して、それを知らせてくれているのです。

2021年04月06日

「有り難い」と「あたりまえ」

「有難い」は「有ることが難しい」と書きます。

「有難い」の反対語は「あたりまえ」です。

いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を「あたりまえ」だと思うと、感謝の気持ちが湧きません。

感謝の気持ちが湧かないと、生きるていねいさや工夫が失われます。

目の前にあることは、あたりまえではありません。

なくすと、よくわかります。

なくなるのは、あっという間です。

失くしてから、しまったと思っても後の祭りです。

そうならないためには、平凡に感謝。いま目の前にあること、仕事、家族、仲間、健康を、自然の恵みなど「有難い」と感謝しましょう。

2021年04月05日

よい言葉に出会う、良い言葉を使う

「よい言葉に出会うことは、よい友人に出会ったのと同じである」

「出会いは人の心を広げてくれる、別れは人の心を深くしてくれる」

「出会いはありがたいが、別れがいけないものである」というような価値観を、私たちは教え込まれました。

離婚がいけないこととか、親子の別れが悲しいとか、そういうふうに教え込まれてしまったのですが、「別れは人の心を深くしてくれる」と考えると、それはそれでまたよしということになるではありませんか。

その一言で、別れというものが決して悪いものではないと思えるわけです。

短い言葉によって、人は救われることがあるのです。

よい一言、よい言葉は、良い友人を一人得たのと同じくらいの重さと深みを持っています。

お釈迦様は、「自分の口から発せられる言葉は、つねに温かい言葉、仏の言葉である、ということを、考えなさい」と仰っていたそうです。

言葉は素晴らしい力を持っています。

言葉をバカにしないこと。

荒っぽい言葉を使わないこと。

そういうことの積み重ねによって、私たちはとても穏かで幸せな日々を過ごすことができるのです。

2021年04月04日

病気のお蔭・・・

病気をすることは、考えようによってはありがたいものです。

病気をすると自分ほど不幸な者はいないと思いがちですが、考えてみれば病気をしたおかげで、今まで分からなかった感謝の気持ちや健康というものへの本当のあり方というものも分からせてもらえます。

その意味では、若いときに大きな病気を与えられた方が、かえっていいのではないかと考えることもできます。

高齢になってから大病を患うと回復力もよくありませんし、また周りで世話をする人も高齢になっている可能性が高いものです。

いずれにしても、できるだけ病気にならないで老衰で死ねることが一番です。

食べる物(過食)が病気をつくりだす一番の原因ですから、日頃から暴飲暴食を控え臓器に負担をかけないような食事を摂るように気をつけましょう。