2017年03月27日

今、ここで幸せになる

「いま苦労すれば将来、幸福になるだろう」という考えには、幸福になる保証はありません。

「いま」幸福になるしか道はないのです。

いまの瞬間、幸福をみつけた人は、次の瞬間も幸福にする方法を知っています。

その人は、長い苦労と引き換えにすることなく、すでに幸福になっているのです。

いまある幸福をいつも見つけ出して感謝しましょう。


「いま」幸せになれない人は将来も幸せにはなれません。

2017年03月26日

幸福とは・・・

幸福は追求して得られるものではありません。

幸福は「いま、ここ」に見い出されるべきものです。

幸福は自分の所へ向こうから飛んで来るのではなく、またこちらから向こうへ行ってつかむものでもなく、自分の心に「今」幸福の花が咲くことが必要なのです。

幸福は外から与えられるものではなく、自分の内から呼び出されるべきものです。

幸福は、立派な画家がどんな景色を見ても美しい姿にそれを描き出し得るのと同じように、どんな環境にでも美しく心の中に描き出す技術によって得られるのです。

幸福は心の乱れた世界には存在しません。

幸福とは心の平和から来るのです。
心の平和は、今ある所の恵みに感謝するところから来るのです。

2017年03月25日

他人に期待するのではなく、自分から先に・・・

自分から先に、話かけましょう。

自分の方から、にこやかに笑いましょう。

自分の方から、いさぎよく赦(ゆる)しましょう。

自分の方から、勇気を持って詫(わ)びましょう。

自分が変われば相手が変わる。

自分が相手にこうして欲しいと思うことを、まず、自分が先に実行することで、世の中、きっと楽しくなると思います。

2017年03月24日

現状のままで幸せになる・・・なれます

世の中には学歴がないから、〜〜がないからといって劣等感を抱く人がいます。

そういう風に考えるのではなくて、東大を出た人は、東大を出てよかったと思えるような生き方をすればよく。

中学出の人は、中学出でよかったという生き方をすればいいのです。

ようするに現状を一つも変えないで、いまのままで幸せ。そう思う努力が大事です。

間違えないでください。現状を変える努力じゃありません。現状そのままで、幸せになる考え方をするのがコツです。

ほとんどの人は、何かを変えないと、何か変わらないと幸せになれないと思っています。

太っていたら太ったまま幸せになれる方法を考える。これはとても大事なことです。

簡単に言うと、すべては心で、考え方で決まるということです。
コツは何も変えずに、いまのまま幸せになることです。

2017年03月23日

正しいかどうかを探っていくだけの人生は不毛です

あなたは、あなたを生きるために肉体をもらったのであって、他者の概念を生きるために生きているわけではありません。

宇宙には同じものは不要だからです。

人の数だけ好みがあってよいのですから、あなたは「あなた」であってください。

正しい生き方、立派な生き方、すばらしい生き方、そんなことを追究するために生きているのではありません。

「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。
あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。

あなたの愛すべき親であれ、子供であれ、あなた以外の他者の荷物を背負う必要はありません。でも、それが、「心底から楽しくてしかたがない!」という「バイブレーション」があなたの中に湧くのならOKです。

正しき考えを追究する窮屈な生き方から、フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へとチェンジしてみましょう。

2017年03月22日

悩みは「裁き」から生まれる

苦しみが生じるのは、必ずそこに「頭による裁き」が入ってくるときです。どちらかを「マズイ」状態だと信じているからです。ですから自分を裁くか、相手を裁いて苦しむのです。そこには必ず一方的な物差しがあります。

例えば明るい性格を良いものとし、暗い性格を悪いとする判断は、他人から教わったものです。これはかなり暴力的な裁きです。明るい、暗いと比較すること自体が悪いのではなく、比較して「裁く」ことが苦しみになるのだと言っているのです。

暗さ自体は悪いことでもなんでもありませんので、その感覚を受け入れていれば自然に抜けていきます。にもかかわらず暗さを悪者にして否定するため、エネルギーがストップされて循環しなくなるのです。

その人が暗く見えるのは、暗い性格だからではなく、感情エネルギーがまわっていないだけのことなのです。まして暗い性格だけしか持ってない人など、どこにもいません。

他者との比較ではなく、自分の中だけの「比較による裁き」もあります。過去と今を比較し、どちらかを裁く。未来と今を比較し、どちらかを裁く。という自分自身の比較による裁きです。

「昔は良かったのに、今の自分が置かれている環境はダメだ」とか、「いつか必ず未来はこうあって欲しいなぁ。でも今の状態は最悪だ」という裁き。

裁いたものはもっと強くなっていくだけです。なぜなら裁くということは否定することになるからです。
「NO !」ということですから、その状態のエネルギーに「ストップ」がかかるということなのです。宇宙(現実)の循環にストップがかかるということなのです。

どんな状態も状況も、ただ素直にあるがままで感じ、受け入れていくと、循環し流れていきます。裁いてストップをかけるから、その状態が止まるのです。現実も状況もすべては単なるエネルギーです。

勘違いしないでいただきたいのですが、たくさんの否定的な考えや裁く思いを持っていることと、その人が本質的にダメであるということはまったく別のことです。

2017年03月21日

あなたの「思い込み」がリアリティーを与え現実化させている

あなたが 「そうだ!」と思い込んでいるものに、あなたがリアリティーを与えて具現化しているのです。

あなたは、優劣があると思い込んでいる。
あなたは、自分の中に劣っているものがあると思い込んでいる。
あなたは、失敗があると思い込んでいる。
あなたは、嫌いな人や、嫌いなものがあると思い込んでいる。
あなたは、「このままではまずいと思う自分」があると思い込んでいる。
あなたは、「特別な個性がないとまずい」と思い込んでいる。
あなたは、「成果を残してなんぼだ」と思い込んでいる。
あなたは、「あの人が自分をひどい目に遭わせた」と思い込んでいる。
あなたは、「〜〜しなくてはならない」と思い込んでいる。
あなたは、OOこそがスゴイと思い込んでいる。
あなたは、自分の使命があると思い込んでいる。
あなたは、達成すべき偉業があると思い込んでいる。
あなたは、今以上に素晴らしいものがあると思い込んでいる。
あなたは、「あれは自分ではない」「それは自分の財産ではない」と思い込んでいる。
あなたは、あなたは、・・・・・・。
あなたは、一体何を思い込んでいるのでしょう?

この現実が、この肉体が、この息子や夫が、あの他人が「在る!」と思い込んでいる?
あなたは、あなたが思い込んだとおり、そういうリアリティーを与えたとおりの今のあなたに見えているだけです。

あなたは、神のように自由でいるのが、じつは怖いのです。あなたは、誰かと一緒でいたいのです。あなたは、個性ある独自の存在でいるのが怖いのです。だから、なるべく多くの人が声に出すことに従おうとするし、他の人への見え方が気になります。

でも、あなたは 「あなた」 でしかありません。
「あなた」が思い込んで、「あなた」がすべてにリアリティーを与えている。これは完全にあなただけの視点であり、あなただけの解釈です。

本来はファジー(あいまい)でしかないものに、あなたが、「独自のリアリティー」を与えています。それらは本来ファジーです。すべての概念がファジーであり、すべての人がファジーであり、あなたの視点から、あなたがリアリティーを与えて存在させているのです。それがあなたの個性ということです。

2017年03月20日

大人(たいじん)の徳・・・あなたは大人ですか小人ですか?

日々の生活の中で汚れる肉体を持ちながら、自分の良心(人の道)をまじめに守って生活することができますか?

自分の生活の中で精神を集中することができて、それでも身心は柔軟にして、赤子(あかご)のようにいられますか?

良心の鏡に恥じないような生活を、自分はしていますか?

他人や国のために陰で良いことを自分がしていても、これをあえて他人に知られないようにできますか?

この世の多くの知識を自分が持っていても、これを他人に自慢せずに控え目にいられますか?

自分が発見したり開発して大切に守り育てた色々な物事を自分のものとはせずに、これを自慢せずに、自分が取り仕切ろうとしないことができますか?

これらのことが出来ることが、大人(聖人)の徳なのです。