2019年12月13日

運をつかむ

北宋時代の中国の文人で、唐宋八大家の一人と言われた蘇老泉(そろうせん)の「管仲論」に次の言葉があります。

「効の成るは成るの日に成るに非ず。けだし必ず由(よ)って起る所あり。禍の作(おこ)るは作る日に作らず。また必ず由って兆(きざ)す所あり」

人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。禍が起こるのも、その日に起こるのではない。前から必ずその萌芽があるということです。

運をつかむのもまた、同じことでしょう。

運をつかむには、運に恵まれるにふさわしい体質を作らなければなりません。言い換えれば、運を呼び寄せ、やってきた運をつかみ取るだけの実力を養わなければならない、ということです。

2019年12月12日

明るい職場(家庭)はあなたがつくる

明るい職場は社長がつくるんじゃないですよ。
一人ひとりの社員、「あなた」がつくっているんですよ。

よく未熟な人は、「うちの会社のここはこうだ」と文句をいいます。でも、その「うちの会社」というのは、「あなた」がいる会社でしょう。そこに何か問題があるとすれば、その元凶は「あなた」なんです。

だから、自分が変わらなかったら会社なんて変わらないですよ。

国も家庭も同じことだと思います。

相田みつをさんに次のような詩があります。


あなたがそこに ただいるだけで
その場の空気があかるくなる
あなたがそこに ただいるだけで
みんなのこころがやすらぐ
そんなあなたに わたしもなりたい

そういう人格、そういう人になるために私たちは学び続けていかなければなりません。

2019年12月11日

自分の使命は・・・

不運が続くのは、自分の使命と違うことをやっている証拠です。

世の中は極めてシンプルにうまくできています。自分の使命に合うことをしていると自然と道もひらけて運もよくなってきます。一方、逆に使命に沿わないことをしていると、不運に見舞われたり病気になったりするのです。

自分の使命を見極めるヒントとして長所と短所が与えられています。運のよし悪しも、これと同様、人に自分の使命を見つけさせるヒントと言っていいでしょう。

よく仕事のストレスから病気になってしまう人がいますが、これも、「今生の目的や使命と違う」ことを、一生懸命やっていることに原因があると言えそうです。

不運のみならず、病気でさえ、「あなたは、自分の使命とは違うことをやっています。だから、今やっていることはやめて、本当にふさわしい役割を見つけなさい」という神様からのお知らせ(警告)なのかもしれません。

本当に自分が得意とすること、すなわち自分の使命であれば、どんなに努力しなければならなくても、それがストレスになることはまずありません。

2019年12月10日

気持ちよい生活を送ろうと思うなら・・・

ゲーテは詩集「処世のおきて」の中で、「気持ちよい生活を送ろうと思うなら」
といって、次のように説いています。

済んだことをくよくよせぬこと。
滅多なことに腹を立てぬこと。
いつも現在を楽しむこと。
とりわけ人を憎まぬこと。
未来を神に任せること。

以上、達人の言葉は古今に不変です。

2019年12月09日

運をよくする根元

曹洞宗の開祖、道元の言葉に以下のようなものがあります。

「古人云(いわ)く、霧の中を行けば覚えざるに衣しめる、と。よき人に近づけば覚えざるによき人になるなり」

昔の人は霧の中を歩いていると、知らないうちに衣が湿ると言っている。それと同じように、よき人のそばにいると、知らないうちに、自分もよき人になっている、ということです。

道元のこの言葉は、実は運をよくする真髄を教えているのではないかと思います。
どんな才能のある人でも、悪い人の中に交わっていては、運を良くすることはできません。

よき人に交わり、よき言葉、よき教えにふれていくことこそ、運をよくする根元であろうと思います。

陽明学者の安岡正篤先生も以下のように仰っておられます。

「人間はできるだけ早くから、良き師、良き友を持ち、良き書を読み、ひそかに自ら省み、自ら修めることである。人生は心がけと努力次第である」

2019年12月08日

それぞれの役割を精一杯果たして・・・冥界に移っていく

どんな偉大な指導者も,哲人も一人で人格を形成した人はいません。

人は皆凡夫なり、と聖徳太子は言ったそうですが、人は皆、縁の中でしか生きられません。
その意味では人は皆一様に凡夫です。

どなたかの作かは思い出せませんが、一篇の詩が思い出されます。時折、思い起こしては自らを省みます。


生きているということは、誰かに借りをつくること

生きているということは、その借りを返していくこと

誰かに借りたら、誰かに返そう

誰かにそうしてもらったように、誰かにそうしてあげよう

誰かと手をつなぐことは、その温もりを忘れないでいること

巡り合い、愛し合い、やがて別れのその時

悔いのないように今日を明日を生きよう

人は一人では生きてゆけないから

誰も一人では歩いてゆけないから・・・

2019年12月07日

先縁尊重(せんえんそんちょう)

致知出版の藤尾秀昭社長が「致知」創刊以来、34年間にわたり、それぞれの一道を拓いてきた人たちに折に触れ、「人生で大事なものは何か」という質問をしたそうです。

それらたくさんの人たちの答えを一語に集約すると、「先縁尊重」という言葉に表現できると仰っておられました。

原点の人を忘れないで大事にするということです。

たとえばAさんからBさんを紹介され、Bさんと大変親しくなり、Aさんを忘れてしまう。
挙句は無視したり、不義理をする。そういう原点の人を大事にしない人は、運命から見放されてしまう、ということです。

先縁の原点は親です。親がいなければ、私たちは誰一人この世に存在していません。
その親を大事にしない人は、やはり運命が発展していきません。

親が存命の人は、親を大事にしましょう。

2019年12月06日

よい教え、よき言葉に触れて学ぶ

北宋の学者で政治家でもあった欧陽脩(おうようしゅう)が次のような言葉を残しています。

「人の性は物に因(よ)りて則(すなわ)ち遷(うつ)る。学ばざれば則ち君子を捨(や)めて小人と為る」

人の性質はふれる物によって変わる。聖賢の教え、よき言葉にふれて学ばないと、いつの間にかつまらない人物になってしまう、ということです。

心したい言葉です。

2019年12月05日

来るものを好悪せず受ける

来るものをして、一応すべて来らしめよ。

「来るもの」が時として、「人」であることもあれば、「事」であることも、「物」であることもあります。それらは必ずあなたに何かを与えるためにやって来つつあるのです。

教訓を持って来てくれることもあれば、経験を持って来てくれることもあり、富を持って来てくれることもあります。時として損失を持って来るかのように見えることもあるかもしれませんが、それを静かに受けて省みるとき、それは魂にとって必ず何らかの収穫を持って来てくれているから、決してそれを嫌ったり呪ったりしてはなりません。

すべてのものは、それを素直に受けて味わうとき、きっと何らかの益となります。

それらが損失と見えるのは、自分がある立場に固執して、ある立場からのみそれを観るからです。人生のあらゆる経験において「絶対損失」となるものは一つもありません。

2019年12月04日

小さな日々の恵みに感謝しましょう

どんな小さな恵み、小さな贈与、または小さな幸福にせよ、それに対して純粋な心で感謝しましょう。

大きな恵福であるから感謝し、日常の小さな恵福であるから感謝しないというのでは、その人の心は現象的分量にとたわれ、取引根性、打算根性に陥ってしまっているのです。

分量を見ないで、その恵みの奥にある神の愛を見なければなりません。そして感謝の念を起こすとき、自分の心が浄(きよ)まるのです。

常に感謝しましょう。常に感謝しましょう。豊かにして幸福なる世界(天国)は既にあるのです。