2017年09月21日

大人(たいじん)の徳

日々の生活の中で汚れる肉体を持ちながら、自分の良心(人の道)をまじめに守って生活することができますか?

自分の生活の中で精神を集中することができて、それでも身心は柔軟にして、赤子(あかご)のようにいられますか?

良心の鏡に恥じないような生活を、自分はしていますか?

他人や国のために陰で良いことを自分がしていても、これをあえて他人に知られないようにできますか?

この世の多くの知識を自分が持っていても、これを他人に自慢せずに控え目にいられますか?

自分が発見したり開発して大切に守り育てた色々な物事を自分のものとはせずに、これを自慢せずに、自分が取り仕切ろうとしないことができますか?

これらのことが出来ることが、大人(聖人)の徳なのです。

以上のことを、老子さんが仰っております。

2017年09月20日

すべては「善」に向かっている

この世のすべては、善いことも悪いことも含めて成長と利益をもたらすために起こっています。

自分に嫌なことが起こっても、それは決してムダではありません。

何かの昇華作用であったり、新たな成長のために 「自分に起こって(怒って)くれる」ということなのです。

すべては、善一つに向かっています。

人間が生きられるのは短い間です。

同じ生きるならば、すべてに良い解釈をすることがとても大切です。

これは幸運を呼ぶ秘訣です。

2017年09月19日

自他の分別は妄執です(あなたしかいません)

誰もが、自分というものがここにおり、自分ではない他人が、田中さん、佐藤さんがあそこにいる、と思っています。

自分と他人はまったく別だと思っています。

誰もが、自分がこれこれをなす、と考えています。

誰か別の人がそれをなす、と考えています。

これらはすべて、妄執です。

自分の心身に刺さってなかなか抜けない矢(幻想)です。

これらすべて、自他は異なったものだという観念への捉われです。

自他の妄執から離れましょう。

2017年09月18日

自分の言行だけ見なさい

どうしていつまでも人のことにかかずらっているのでしょう。

人を気にし、人の噂話をし、他人についてあれこれ言っているのでしょうか。

どうしていつまでたっても人のしたこと、しなかったことを気にし、他人の過去についてあれこれと喋っているのでしょうか。

ただ、自分の言行の正しさと不正をはっきりと見つめなさい。

生きている間、善をなすように努めなさい。

と、お釈迦様は仰っております。

2017年09月17日

恐れと憂いのない境地とは

怒りに勝つ方法は、怒らないこと。

悪いことに勝つ方法は、敢然と善を行うこと。

嘘、噂、悪口、罵倒に勝つ方法は、真実を口にして揺るがないこと。

貧しさに勝つ方法は、分かち与えること。

たったこれだけのことで、人は高みに達します。

このように生きることによって、人は恐れと憂いのない境地に達することができます。

以上、お釈迦様の言葉

2017年09月16日

苦しみは揺れとたじろぎから

苦しみはどこから来るのでしょうか。それは外から来るように見えるが、どんな苦しみであろうとも実はおのれの心から到来します。

動揺したじろぐことから、あらゆる恐怖と心配と苦しみと気遣いが姿を現します。

では、動揺しないためにはどうすべきか?

物にも事柄にも、そして自分自身にも執着しないことです。

特に自分を偉いと思っていたり、高慢であったりすれば、これは強い執着となります。

そのような執着のいっさいを棄てたとき、これまでの、そして今からの苦しみはたちどころに消滅します。

2017年09月15日

安らぎを与える釈迦の言葉

世を渡るためにすぐれたもの、それは、真実。それから、自制。

また、つまらぬものを棄てることです。さらには、忍耐でしょう。

重い荷に耐えなさい。努め。励め。与えよ。奪うな。

自分のふるまいに節制を与えなさい。

このように生きれば、悲しみはありません。煩悩も生じません。

生きていながら安らいでいられます。

2017年09月14日

あなたに癒しをもたらす方法

なぜ苦しい感情が湧くのでしょうか?

それはあなたの中に、苦しくなるような一定の思いや考えがあり、それによって苦しいパターンの現実しかつくり出せず、結果的に苦しい感情が湧いているからなのです。

つまりどういうことかと言うと、ある状況に遭遇した時、ある出来事が起こったとき、それらをこれまで学んできた、人に教えられた、洗脳されたとおりに解釈(悪いものとして捉えてしまう)して瞬間的に否定的に捉えてしまうということです。

したがって、この苦しい感情が湧くような現実をつくり出す思考のプログラムを見つけて外すことが、あなたに最大の癒しをもたらします。