2020年09月30日

いま、ここを充実させる

新入社員の時は苦しい。しかし、中堅になればなったで責任があって苦しい。出世しても、次の世代を育てるのは苦しい。退職したら、「今日は何をしようか」と退屈で苦しい。老いて、体が動かなくなれば苦しい。病気になればさらに苦しい。死ぬのは苦しい。

このように、生きること自体は、決して楽ではありません。苦しいのです。

お釈迦様が悟ったように、この世に生きることは苦しいものであると覚悟するしかありません。

だから大切なのは将来ではなく、「いま」の行為に充実感と喜びを感じられるか否か、ということなのです。

「いま」が充実していれば将来(未来)も必ず充実しています。

2020年09月29日

人生は楽しむためにある・・・「不安」になることは考えない

私たちの人生は、自分自身が楽しむためにあります。
そうであれば、どんなことが起っても、どんなことに遭っても自分の心が楽しくなるように考えていった方がいいのです。つまり、プラス思考をした方が、人生は圧倒的に楽しいのです。

起きてもないことを心配するのはやめましょう。解決策の見つからないことは考えるのをやめましょう。考えることが解決につながると、思い込んでいるときがありますが、不安になるだけでちっとも答えの出ていないときがあります。

不安になるだけだったら、考えないほうがずっといいのです。
不安な気持ちを残していると、関係ないことにイライラしたり、運の悪いことが続いたりするものです。「不安」という心にぴったりのことを引き寄せるからです。

2020年09月28日

笑顔で生きるか愚痴を言って生きるか

「人生で理不尽な出来事が起るのは当たり前のこと」と現実を受け入れて、その状況に押し潰されることなく、逆に晴れやかに、にこにこ暮らしていく。大切なのはそのことです。

私たちは問題にぶつかった時、生きる姿勢を自分で選び取ることができます。愚痴を口にせず苦しみを心の中で転がしながら笑顔で歩いていく生き方も選べます。反対に愚痴ばかり言って坂道を下降していくことも一つの選択肢です。

どんな時でも愚痴を言わない、いつも笑顔で生きていく。そう決意さえすれば、後ろから大きな温かい手で支えてくださる方はいらっしゃるものです。

2020年09月27日

最後の最後まで前向きに

「浜までは海女も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」

これを詠んだのは江戸時代の俳人、滝瓢水です。
これから海に潜(もぐ)る海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのでしょうか。

浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのです。
つまり人間は、少しでも自分を愛(いと)おしみ、最後まで努力を重ねていかなければならないのです。

この句の「浜」を「死]と捉えれば、一層味わいが深まります。

どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところです。

死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。日が照り付ければ日傘を差す。

そうして最後の最後まで前向きに、少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていきましょう。

2020年09月26日

いくつになっても変化し、成長する


真に道を求める人、一流の人達はいくつになっても変化し、成長しています。四十、五十で人生がわかったように言う人は、すでに心がマンネリになっているのかもしれません。

自己自身を修め成長させることは一朝一夕にはできません。静々と人知れずやるといいでしょう。それを三十年、四十年、五十年と続けていくと、風格というものができてきます。命ある限り変化成長していくことこそ、すべての人の課題でしょう。

お釈迦さまの最期の言葉はこうです。
「すべてのものは移りゆく、怠らず努めよ」

2020年09月25日

とらわれない

この世には絶対に正しいということはありません。同じことをしても国や時代によって正しいこともあれば、正しくないこともあります。

自分の作った人生観に固執し、これを変えることができないと、何か起こったときに心を傷つける感情が生まれます。仕事なども、自分はこの仕事でなくてはだめだなどという仕事はないのです。何でも自分の考えを変えられれば、問題はないのですが、どうしても固執すると心を傷つける感情が生まれるのです。

「これでなくてはだめだ」などという考えはないのと同じように、「この意見は常に正しい」という意見もありません。

一つの考え、一つのやり方にとらわれてはいけません。ある考えにとらわれると自由が効かなくなります。

そのことは結局私たちを苦しめるような結果になります。
私たちは「正しい」と思うことにはとらわれがちです。何ごとにもとらわれてはなりません。

2020年09月24日

心が乱されないことが一番

ガンになったり、夫や妻が認知症になったり、遺産相続のことで家族が憎しみ合うようなことがあると、何のために働き、何のためにお金を貯めたのか、何のために勉強してきたのかと、今までの努力が無意味に感じられ、そんなことよりも、病気にならない、家族仲がよい、仕事も続けられるということの中に本当の幸せがあることを痛感します。

大金を儲けたり、地位が上がったり、大きな家に住んでいても、心の平安がない時には、そんなものよりも、心が乱されないことの方が大事であることがわかります。

財産、地位、名声など、持っているもの、理解しているものなどは結局意味がなく、心が乱されないということが一番大事なのです。

年をとって体も病に冒され、家族にも問題がおこります。このような問題ができるだけ少ない、あるいはないということがもっとも大事なことで、そのことがわかるようになることが一種の悟りなのです。

古今の聖人賢者たちはみんな、心が平安で穏やかに暮らせることが最もしあわせであると説いています。

2020年09月23日

あなたの考えを変えればすべては変わる・・・あたなが原因です(想念は創造主)

すべての出来事は思考が創り出しています。意図して思考を集中すれば、それは現実になります。

ものごとは自分が起こすのではなく、自分の身に降りかかってくるのだ、というのは幻想です。ほとんどの人はこの幻想のために、自分自身がものごとの原因であることを認識していません。

物質的な生命の世界では、思考と経験のあいだにズレがありますが、霊(いのち)の領域では、そのずれがありません。結果は即座に現われます。

そこで、この世を去ったばかりの魂(たましい)は、注意深く思考を監視することを学びます。
考えたとたんに実現するからです。

物質的な世界の魂が、霊的な魂と同じくらいすばやく効果的に思考をコントロールする方法を学べば、人生はがらりと変わるでしょう。

個々の現実の創造に関しては、思考のコントロールがすべてなのですから。

思考のコントロールとは、最高のかたちの「祈り」です。だから、良いこと、正しいことだけを考えることが大事です。否定的なこと、不安なことにとらわれ意識をそちらに向けないようにしましょう。

そうしていると、穏かさが見い出されます。平和が見い出されます。そして、この認識に喜びが見い出されます。

2020年09月22日

精神状態はすべて、再生産される

精神の状態はすべて、物理的なかたちで再生産されます。

思っているように行動しなさい。

そうすれば、それが引き寄せられてきます。

そうであるように行動すれば、そうなれます。

前もって、「こうあろう」と選ぶと、それが経験できます。

「存在」ーー「行為」ーー「所有」というパラダイムを正しく使うと、宇宙の創造的な力を働かせることができます。

この原則を要約すると、こうなります。

「人生でしなければならないことは何もない。問題は、何であるかということだけ」です。

2020年09月21日

他人にどう思われるかを心配しているかぎり、あなたは他人のもの

他人にどう思われるかを心配しているかぎり、あなたは他人のものです。

外からの承認を求める必要がなくなったときはじめて、あなたはあなた自身のものになります。

外側に振り回されてはいけません。

私たちは全員、内側のものを外側に創り出す偉大な力を持っています。

また、私たちは存在しているだけで、素晴らしい価値を持っています。

あらゆるものは支えあって存在しています。

森羅万象、価値のないものはありません。